第20話 ToDoリスト
ちゅんちゅんと名前の知らない鳥のさえずりが、夜が明け朝になったことを告げる。眼前に広がるのは、まだ見慣れない天井だ。教会に来て始めての朝を迎えた。
扉を開けて廊下に出る。廊下には丁度ここの長の神子さまが出てきたところだった。
「おはよう、調子はどう?」
「前のホテルの方がよかったな」
そう言うと頬をぷくーっと膨らまして、不満の意を示すミナ。しょうがないだろう。あのホテルの設備は一級品だった。それに比べたら、一介の教会にあるベッドなどたかが知れている。
「なんでも正直に言えばいいって訳じゃないと思うわ」
「悪い、悪い。でも、お前は噓つきは嫌いだろう」
「まあね」
ちょっとからかうと、ミナは呆れた表情をして、ぷいとそっぽを向いて本堂へ繋がるドアの方へカツカツと歩いていってしまった。今から朝食がてら、これからの活動方針を決める会議をする。待たせたら悪いし、オレも急ぐとしよう。
本堂にはすでに起床時間を知らせる当番が仕事をしたようで、本堂で寝食を過ごす者たちは、一人残らず起きている。今ミナが開いたドア付近のには、ほたると千鳥がいた。
「おはようございます。ミナさん、ちょっと髪跳ねてますよ」
「ほい、ご飯。ミナさんは専用のがあるらしいよ」
「いえ、私もこれで大丈夫よ」
そんなミナの遠慮をガン無視して、信者たちは専用メニューを彼女の前に配膳した。他のこの教会の居住者に比べると随分と豪勢な食事だ。
「もう、いいって言ってるのに…」
「お前はこの教会の象徴だからな。そういう見栄が必要なんだろう」
「そういうものかしら…?」
そんなに要らないならもらってやろうか。そう言おう思ったが、周囲からの視線が集まっている。どうやら、横槍は許されないらしい。一人で全部食えよ。
「さて、会議を始めましょうか」
「何についてだっけ?」
「活動方針」
さて、無事に逃亡者コミュニティに参加することが出来た。項目に一つチェックがついたようなものだ。よって、これからは本格的に勇者の活動、この世界の闇を振り払うことに注力できる。
「まあ、まずこれからはこの教会を拠点とする。それでいいか?」
「前のホテルの方が過ごしやすかったけどね」
「そう言えば、オレはこれから調達班になるからと個室をもらえたが、お前らはどうなんだ?」
「私もここの管理職につきました。PCで居住者のリストを作ったりとかですね。なので個室をもらました。千鳥さんと一緒にそこで生活することにしました」
「いえーい」
今までのホテルでもそうだったが、ほたるも千鳥と相部屋とは大変だな。コイツはすぐにものを散らかす。それで腰に手を当てて怒るほたるが眼に浮かぶ。
「で、調達班って何するんですか?」
「名前の通り、様々なものを現地に赴いて取ってくる役だ。ちなみにオレは特別班の班長。構成員はオレ一人だ」
「それって班なの…?」
「タツヤくんの自由を阻害しないための措置よ。調達班って言っても名ばかりだし」
なんつーか、こうやって聞くとロクデナシみたいだな。調達の仕事もちゃんとやる気ではいるんだけど。
「じゃあ、本格的にこれからの活動方針について話し合おう」
「でも、大元はアンタが決めなよ。アンタがいなきゃ始まんないんだし。極論、アタシたちはここで救助を待ったっていいワケだし」
「まあ、だから皆にはオレの活動方針の見直しを頼む」
「了解です」
確かに、ほたると千鳥はオレの傍が一番安全だったから一緒に行動していた。安全圏を得た二人はオレの指示なしでは、進んで救助活動することもないだろう。
「でも、何かあったら言って下さいね。ここまで一緒にやってきた仲じゃないですか。ちょっとぐらい危険な場所だって、達也さんが守ってくれるなら行きますよ!」
「ほたると同じく」
「お前ら…!ありがとう」
不覚にも涙が出かけた。危ない、勇者たる者、弱さの証明とみなされがちの涙を人前で流すワケにはいかないのだ。
しかし、年々涙脆くなっている気がする。これもアラサーの影響なのか?老けるってコエー。
「前提として、オレはこの世界の救うために活動している」
「はい、そうですね」
「しかし、具体的に世界を救うとはどういうことなのか、考えなくてはいけない」
「それって、単に世界を平和な状態に戻すことじゃないの?」
「そうだ。だが、その世界を平和にするにはどうしたらいい?オレの平和な世界の定義、それはゾンビ事件の前の状態の世界に戻すことだ。そのため、オレは事件の解決策を考えた」
貧困問題とか地球温暖化などの社会問題はオレが手を出す領域にないだろう。そういうのはお偉いさんに任せよう。
要はゾンビ事件の解決、これを達成するのがオレのこの世界での勇者としての使命だ。
「一つ目、ゾンビの殲滅。わかりやすく、確実だ。しかし、大きな問題がある。千鳥、わかるか?」
「伊達にここまで生き残ってきてないからね、わかるよ。数が膨大で不確実なことでしょ」
「そうだ」
ゾンビの活動範囲は東京23区を中心とした関東。事件発生時、東京23区だけでも膨大な人数がいただろう。その何割がゾンビ化したかは解らないが、少なくともオレ一人が如何にか出来る範疇を超えているのは事実だろう。
「二つ目、被災地の救助者を全員救助する。ゾンビが生きていても、今後被害がないなら世界を救ったと同義だろう。しかし、これにも問題がある。ほたる」
「さっきと同じ理由ですね。数が膨大で不確実」
「そうだな」
ゾンビの数も膨大だが、救助者の数も膨大だ。しかも、ここまで生き残っている者なら察しが付いているだろう、ゾンビは音に敏感という特性。これが救助者の捜索を困難にする。全員の救助はゾンビの殲滅よりも難題の可能性がある。
「ていうか、その二つについて、国は動いてないの?国家は国民を守る義務がある。そうじゃないの?」
「それについては、自分が答えます」
そう言って声をかけてきたのは、昨日の見張り番。ミナに訊いたのだが、彼の名前は新堂猛。自衛隊員らしい。ちなみに、見張り番の時以外は普通に喋るらしい。
「まず今回の事件は東京で起きました。ので、国会議員も官僚も多大な被害を被りました。幸い、首相は出張で京都に出向いていたため、難を逃れましたが」
「まあ、そのせいで陰謀論者が元気なんですけどね」
そっか、世の中には生きているだけで悪事に巻き込まれる立場もあるんだな。大変だ。
「ニュースの通り、被害の大きい23区を隔離、その後様子を見て自衛隊が救助活動を行う予定でしたが…」
「でしたが?」
「ここでゾンビに対する人権を主張する集団が現れました。その名も半生人人権保護団体。彼らの猛反対に晒され、自衛隊はゾンビに対して危害を加えることが出来なくなりました。なので、政府は今、ゾンビ事件によって発生した失業者への制度を議論しています」
「はあ!?何それ!?」
確かに今回被害を起こしているゾンビは、元人間だ。それに情が湧く人間が居たってなんら不思議じゃない。だが、それは外野の意見だろう。
「我々自衛隊は元々難しい立場にある組織です。国民の反対が声高らかだと、どうにも動きづらい」
「そうですね、この国の歴史を考えると…」
「てか、やべえな。オレもうゾンビのこと、バッタバッタと切っちまったぞ…」
「大丈夫だと思いますよ。流石に半生人人権保護団体の主張には反対の意見が多い。少なくとも、現地の人間がゾンビをどうこうすることに関しては、罪に問われることはないと思います」
「それを聞いて安心しましたよ…」
しかし、新堂さんも確証を持って言えるワケではないだろう。今の内に言い訳を考えておこう。
「要は、国は迅速な対応は出来ないということです。少なくとも、ゾンビ事件に対する情報が出揃い、自衛隊が安全でゾンビを攻撃しない救助活動を確立出来るまでは、期待しない方がいいでしょう」
「つまり、待つだけ無駄ってことですね」
となると、状況は相当にシビアだ。これはオレのこの事件へ果たす役割も大きくなるということだろう。
「わかったか?なので、今から提示する三つ目を今後のオレたちの活動方針とする」
「それって…?」
ミナがゴクリと生唾を飲み、合いの手を入れる。さながらこの状況、オレは探偵にでもなった気分だ。
「このゾンビ事件の犯人を特定し、拘束若しくは排除することだ」
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