第19話 揺り籠は違うけれど

「ねえ、私をパーティーに加えるなら、約束して頂戴」


「ん?なんだ?」


「私よりも先に死なないで。私を置いていかないで」


「…いいぜ、約束してやるよ。オレはお前を置いていかない」


「ふふっ、約束よ、絶対によ。私は約束破りって嫌いなの」


「なら、気をつけろよ。ソイツは噓つきだ」


「はあ!?ボル、それは心外だな!」


「じゃあ、ちゃんと見ててあげないとね」





 涙が出そうだった。もう会えないと思っていた仲間が、オレの目の前にいた。


「…?神子さまの知己ですか?」


「…ええ。ちょっと、ゴメンなさい」


 ミナは猫のような瞳から栓を抜いたように涙を流す。教会の人間たちはこんなミナを見るのが始めてなのか、あわあわと困惑している。


「タツヤくん、奥で話しましょう。お連れのお嬢ちゃんたちも一緒に」


 そう言って、ミナは主祭壇近くの扉に向かっていった。オレたちも彼女の言葉の通りに、その背についていく。


 扉の先には赤のカーペットで重厚感のある廊下が、そして三つの部屋の扉があった。その扉の中で一番大きいであろう部屋の扉を開けた。


「いらっしゃい、皆好きなとこに掛けて」


 大きな窓から差し込む光が心地良いこの部屋には、ミナの香水の香りが充満している。インテリアは、応接用のテーブルにソファー、そして寝床のベッドが置いてある。ここはミナの部屋なのだろう。


「ごめんなさい、何も出せなくて…」


「いえ、お構いなく…」


「えっと、お姉さん。お名前伺っても?」


 千鳥がそう言うと、そう言えばそうだったみたいな表情を浮かべる。ちょっと抜けているところも違いない、目の前の光景の現実感を与えている。ミナはフッと微笑んだ。


「私の名前はナルミナ・レグル。こことは違う世界でのタツヤくんの仲間よ」


「えっ…!ホントですか!?」


「ああ、そうだ。この女、ナルミナはオレのラスアリア、異世界でのパーティーメンバーだ。役職は魔導士」


 ミナとオレの言葉を聴いて驚きの表情を浮かべる二人。それもそうだろう。この世界と異世界とを行き来する手段はない。寧ろの異世界の存在そのものがファンタジーだ。なのに、その世界の住民と対面しているのだ。


「ええと、貴方たちのお名前は?」


「あ、はい!私は白峰ほたるです!」


「アタシは黒川千鳥。宜しくね、神子サマ」


「もう、それで呼ばないで…、それちょっと重たいのよ…。タツヤくんが呼ぶみたいに、ミナって呼んで」


「そう?じゃあ、ミナさん」


 千鳥がそう呼ぶとにぱーとした笑顔を浮かべる。彼女はこう言うところがある。こう言う嬉しい時は包み隠さず、赤子のような表情を浮かべるところが。オレの2歳上なので、御年28のはずなのだが…。まあ、見た目はそうは見えないからいいのかな?


 ほたるがあれ?と言った顔をした。何かおかしなところでもあっただろうか。



「そう言えば、ミナさんは達也さんと違って、生粋の異世界人なんですよね」


「そうだな」


「なのに、ミナさんとはちゃんとコミュニケーションが取れています、日本語で。これどういうことですか?異世界でも日本語が公用語だったんですか?」


「確かに!」


 そっか、そういう問題があったな。けど、そんなに不思議に思うことか?キャプテ〇翼とかでも、外国の代表選手が日本語でしゃべっていただろ。


「それはな、喉の辺りに魔力を込めて発声すると、相手は理解できる言語野に聞こえるようにできるんだ。今度は鼓膜辺りに魔力を込めると、今度は相手が何語を話していようが、自分の言語野で聞くことができる」


「へえ、便利ですね」


 この技術はラスアリアで旅をする場合でも必須のものだった。異世界も一つの言語に留まることなく、両手の指で折数えることが出来ない程の言語が存在する。特にイルナ族との接触の際には重宝した。読み書きには対応していないのが難点だが。


「で、タツヤくん。貴方はそれを使っていないようだけど、どういうこと?」


「…魔界に入る直前に話したことがあっただろ。オレはラスアリア出身じゃない。異なる世界の生まれだって」


「ええ、そうね」


「この世界はオレが生まれた世界なんだ。だから、オレはこの世界の言語を理解できる」


「そう、なのね」


 ミナはオレを見つめる。コイツはあんな反応をしたが、別にそこまで気にするような女じゃない。枕が変わろうと、どこであっても寝ることができるような女だ。


「ねえ、私怖かったわ」


「お前がか?ゾンビなんぞ、お前の敵じゃないだろう」


「そんなことじゃないわ。私がこの世界で目覚めたら、私は一人だった。人間自体はいたけど、私は一人だったのよ」


「…そうだな、悪かった」


「…もう一回言ってくれない?」


 帽子も合算すれば、オレの身長を越すミナが、上目遣いでそう訴えかける。何を言って欲しいか、それは彼女と過ごした4年を超える月日から容易に導き出された。


「約束するよ、オレはお前を置いていかない」


「ふふっ、よかった」


 ミナは立ち上がり、オレの肩をポンポンと叩く。これはあることをして欲しいというサインだ。けど、ここですんのかよ。二人が見ているんだが…


「早く…」


「ぶーたれんなよ…。はあ、仕方ねえな…」


 オレも立ち上がり、首回りの布を引っ張り、首筋をさらけ出す。ミナは嬉しそうな、恍惚としたような瞳でその動作を見つめた。


「じゃあ、遠慮なく」


 ミナはオレに飛びつき、オレの首筋にかみついた。オレとミナの首が交差する。ミナの歯はオレの皮膚を突き破り、鈍痛が走る。真っ赤なで生暖かい血が出た。


「!?」


「え!?発情した!?」


「違う」


 たっぷり2分。ミナはやっと離れた。ミナは口元を手で押さえて笑う。その口の端には真っ赤なオレの血が垂れている。


 ほたるはオレのに負けない程に顔を真っ赤にしている。その顔を手で覆うが、指の間から完全に目が見えている。千鳥も度肝を抜かれたような顔をしている。

 

「ゴメンね。びっくりさせちゃった。けど、こうしていると温もりを感じられて落ち着けるの」


「コイツの悪い癖だ」


 オレは首元の歯形に治癒魔法をかける。オレの治癒魔法は練度が高くないが、この程度の傷なら問題はない。


「あら、もう塞いじゃったの?」


「そらそうだろ。つーか、これ歯形は残んだよ」


 コンコンコンとノックが響いた。「どうぞ」とミナが許可を出すと、見張り番の人が粛々とかしこまりながら入ってきた。


「神子さま。大群が押し寄せつつあります。撃退の用意を」


「わかったわ。巡回の皆さんを教会内に避難させてね」


「思し召しのままに」


 見張り番は出ていった。ミナは壁に掛けてあった杖を手に取る。


「サンザルク、杖も無事だったか」


「いざとなったら空間魔法でしまっておけるもの」


 ミナは杖を携えて、部屋を出る。そのまま本堂の方へ向かうと、歓声がミナを迎えた。


「神子さま!」


「今こそその奇跡の力を!」


「もう、そんなものじゃないって言ってるでしょう!」


「我々には魔法など使えはしません。それすなわち、奇跡の力そのものです!」


 ミナは少し困ったような表情をしている。彼らの期待が少し重いのだろう。


 ミナはそのまま大きな外に通じるドアへ向かう。さっきミナを呼んだ見張り番が、ミナが足を止めることのない、しかし開放している状態が最小限となるタイミングでドアを開く。風を強く感じる。


「タツヤくん、今回は私がやるわね」


「了解、久々に見せてくれ」


 見張り番の呼び出しがあるのもうなづけるような数のゾンビが、この教会に迫っていた。その大群にミナは対面する。アスファルトを砕かんとする強さで、ミナは杖を地面に突き立てた。


「人世は一夜の夢の如し、人世は泡沫となって消えるだろう」


 ミナの魔力が高まる。ゾンビは異常に気付いたのか、ミナの方へまごうことなく駆け出していく。しかし、ゾンビはもう遅いことをオレは知っている。


「フラジャイル・ワールド」


 地面の至る所からシャボン玉が生える。そのシャボン玉はゾンビを包み込み、フワフワと上昇していく。そして、そのまま建物の屋上よりも高い高度へ到達したところで…


「お別れね、さようなら」


 シャボン玉はパッと弾けた。ゾンビは落下し、ぐちゃりと音を立てて地面のシミとなった。やがて、地面から湧き出てくるシャボン玉が赤く染まって出てくるようになった。


「どう?タツヤくん」


 ミナはもう趨勢は決したと言わんばかりに、こちらに振り返ってそう言った。ミナの魔法は相も変わらず美しい。そして、残酷だ。


「どうもこうもねえよ。これから頼りにしてるぜ」


 ミナは彼女の柔らかい唇をぺろりと一周舐めた。頬にはゾンビの血がついていた。

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