第18話 信じる者は救われるが、信仰対象は必ずしも神でなくとも良い
いつからか拠点のように過ごしていたこのホテルとも、今日でお別れかもしれない。そう思うと若干もの寂しいが、戻ってくることのないように必要なものを鞄に詰める。
ということを考えながら荷造りをしていた四日前の朝。結局、安全性の高い生存者コミュニティに参加にすることは叶わず、二日間をまたこのホテルで過ごしていた。
だが、本当に今日でこのホテルともお忘れかもしれない。昨日ほたるがZOPICSで見つけた情報は、教会で安全圏を築いている30人前後の集団の情報だ。今日はこの情報を辿ることにした。
オレは早々に準備が終わったため、ほたると千鳥の部屋をノックする。「はーい」という返事と共に出てきたのは、またもやほたるだった。
「ちょっと待ってください。今千鳥さんが捜しものを…」
「急かせ」
結局、ほたるにケツを叩かれるようにせかせかと準備し、午前10時頃に出発することが出来た。…なんで二日間であんなに散らかせるんだよ。
「ひどいな、あんなこと急かすこないじゃん」
「千鳥さん…、もう少し整理整頓しましょう…」
「む…、ほたるに言われちゃあしょうがないかな。善処します」
よし、言質撮った。これで今度からはコイツのズボラを容赦なく責めることができる。効かないような気もするけど。
「二人とも今日行く場所のおさらいしますね」
「ああ、頼む」
「よろ」
「今向かっている場所は千代田区にある教会です。そこでは「神子」と崇拝される方を中心に勢力圏を築いているようです」
シンシ、か。人間は窮地にある時こそ、人知を超えた存在である神に祈りを捧ぐ。そのような心理状態が教会の結束を強めているのだろうか。
「教会ねえ…、アタシは神には祈らないって決めてるからなあ…」
「へえ、どうしてですか?自分の力のみで勝負したい、みたいなことですか?」
「いや、昔神社の参拝の帰りに階段から落ちて両足骨折したから」
「ええ…、それはお前の過失だろ…」
「私は信じてますよ!推しのピックアップの10連の前に毎回神頼みしますもん!」
「???」
神の存在一つ取っても意見は様々。因みにオレはほどほどに信じている。まあ、この話はこれで終わりでいいだろう。野球と政治と宗教の話はするなと聞いたことがある。
「あー!嫌なこと思い出した!ほたる、アタシのスマホから、「アタシのお気にのプレイリスト」っての流して!」
「はい、けどいいんですか。スマホ勝手に触っちゃいますけど」
「大丈夫。見られちゃいけないものは父さんたちとのやり取り以外はない」
怖くて聞けていないが、千鳥の実家は大分太いらしい。オレも金と権力には歯が立たない。
ほたるは千鳥のスマホをBluetoothで車に接続し、千鳥に言われた曲を流す。つーか凄いな、現代テクノロジー。オレの時代にも無線みたいなのはあった気がしないでもないが、うちは車はCDだった。
曲が流れた、大音量で。響く重低音、謎の照明、いつのまにやら増設されていたミラーボール。ここはすでにライブハウスだった。体に直に音が振動となって波打つ。
「フウーッ!やっぱこれだよね!!!」
「ガッ…!」
「千鳥さん…!」
たまらずに窓を開ける。しかし、それがいけなかったか、ゾンビが車に群がってくる。一応、車に強化魔法を掛けた。ゾンビを轢き殺す不定期だがこまめな振動が、重低音とのハーモニーを産んだ。
「千鳥さん」
「~♪」
「声張って、ほたる!」
「千鳥さん!!!」
「~♪」
「もっとだ!」
「ち・ど・り・さ・ん!!!」
「うわあ!何!?運転中だから脅かさないでよ~」
運転中に大音量で音楽流すな。運転中にヘドバンするな。至近距離の声も聞こえないって相当だぞ。後ろからほたるの怒りを感じる。
「もう直ぐ目的地ですよ!これ、ゾンビ連れてきまくりなので、切りますよ!」
「ええ~、いいとこだったのに」
「問答無用です!」
ほたるによって音楽が切られる。車の振動が途端に小さくなった。ゾンビの轢殺はまだ続いているので、音楽の力がどれほどのものかを今思い知らされた気がする。
さて、今見えてきた十字路を左折すると、どうやら目的地に到着するらしい。「シンシ」の威光が如何程のものか、僭越ながら体験させて頂くとしよう。
「着きました!って、これは…!」
「…確かにこんだけやれば生き残れそうだね」
オレたちの目的地である教会。しかし、その教会は教会ではなかった。教会の建物の周りには木製、鉄製、コンクリート製様々のバリケードが展開されており、要塞を築いていた。しかも、見張り番もいるようだ。
オレたちはその見張り番に待てを掛けられた。車はブレーキを踏み停車する。
「貴様らも神子さまの救済を乞いにきた仔羊か?」
「えっと、まあそうです」
「…なんかちょっと怪しくね」
こら、一言で判断しないの。けど、正直言って胡散臭そうというのには同意だ。彼の物言いがどうにも現代人の文言ではない気がする。
「なれば、身体検査を受けて貰う。罹患者を教会に入れては本末転倒だ」
「ああ、そうですね」
確かに怪しいが、言っていることは正論だ。オレたち三人は男女に分かれて、身体検査を受ける。下着一枚になって、咬傷がないかを係の者が確かめる単純なものだ。きゃっ、全部ミラレちゃった///
「はい、大丈夫です。ようこそ、我らが神子様のお膝元へ」
もちろん、オレに異常なし。検査をパスすることが出来た。…しかし、ここの連中は全員このノリなのか?何か別世界に引きずり込まれているような感覚に襲われる。
少しして、ほたると千鳥が身体検査を行ったであろう女性と一緒に出てくる。…どうにも、様子がおかしい。検査係の女性は頬を赤らめているし、ほたるは耳まで真っ赤に染めている。対照的に千鳥は非常に満足そうな表情をしている。
千鳥はほたるの方に向かって合掌をし、こう呟いた。
「ご馳走さまでした…」
おい、コイツ身体検査に託けてなにしてやがった。ほたるは紅潮した表情を手で覆いながら、消え入りそうな声を発した。
「もうお嫁にいけない…」
「…お気の毒に」
ほたるは検査係のお姉さんに慰められている。やはり千鳥、ヤツは危険因子だったか。
「兎に角、両面とも異常は見られませんでした」
「了解、では入会を許可する」
そう言って見張り番は扉を開ける。中央から開けた扉の先にまず見えるのは、教会を鮮やかに彩るステンドグラス。その直下にある、アメリカ映画で神父が聖書を読み上げているステージ、主祭壇には誰もいない。
「神子さまは現在裏の休憩室にいらっしゃる。ここに入会する際には、神子さまとの面談が必須故、腰を掛けて少々お待ちあれ」
そう言って、見張り番はシンシを呼びに行った。彼の言葉の通りに、近くにあったチャーチチェアに座る。…背もたれ直角過ぎるだろ、この椅子。
改めて教会の様子を見る。スペースをパーテーションで区切り、床にレジャーシートのようなものがいくつもの敷かれている。それで個人の居住箇所としているようだ。
「おい!お前!」
「ああ!?なんだ喧嘩売ってんのか!?」
教会の扉付近で二人の男性による喧嘩が始まった。どうやら、片方の男がもう片方の配給を盗み取ったらしい。しかし、その証拠がないので、喧嘩はヒートアップしている。
「キちまったぜ、もう喧嘩だよ!!!」
「おうよ、やってやんよ!!!」
そうこうしていると、今にでも殴り合いに発展しそうな熱量になってしまった。血の気が多い連中だ。いけない、流石に止めないと。
オレは騒動の渦中に向かい、片方の男の肩を掴む。
「おい、そこまでにしとけって」
「あ!?誰だ、てめえ!?見ねえ顔だな!」
「もしかして、新入りか!?新入りが口出してんじゃねえよ!!!」
そう言って、彼らは顔を見合わせた。そして、何故か彼らの標的はオレになった。コイツら実は仲いいんじゃねえか?しかし、ターゲットがオレになったなら好都合。この二人を怪我なく無力化することなぞ朝飯前。さあ、我が手練手管の数多を見るがいい。
しかし、血の気に満ちていた眼は、急にその色を変えた。その標準はオレの背後に合っている。
「一体、なにごとですか?」
シルクのような柔らかい女性の声が背後からした。何もかもを包み込んでしまいそうなその声は、オレにとっては懐かしいものだった。
「神子さま!」
「また新人いびりですか?こんな演技やめなさいって言っているでしょう」
「へへ、すいません。神子さまの素晴らしさをわからせてやりたくて」
「まったく、もう…」
その声をオレはよく知っている。しかし、ここで、この世界では聞けるはずもない声。4年以上も毎日聞いた声だ。少し聞かなかった期間があっても間違うはずもない。
「えっと、貴方が新人さんね。大丈夫かし…」
オレは振り返る。後ろにいる「シンシ」をオレはよく知っている。誰かなんて、もうわかっている。
「…ミナ、ナルミナ」
「タツヤくん…?」
サンタクロースのような赤のとんがり帽子に、猫のようなまんまるの瞳、露出趣味を疑う程の胸元を開いた服装。オレの記憶の彼女とピッタリ重なる。
この教会の長、「シンシ」はオレのラスアリアでのパーティーメンバーの一人、ナルミナ・レグル、その人だった。
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