第17話 別れは必然、出会いは運命

「佐藤さん!!!」


 大きく吹っ飛ばされた佐藤さんの肉体は、近くにいたゾンビを巻き込んで壁に激突する。


「私が行く!アンタはそっちに集中して!」


 佐藤さんの肉体は原型を保っては居る。だが、出血も多く、何より意識がない。そんな格好の的の佐藤さんを、ゾンビ共は見逃してくれるはずもない。周りのゾンビ共が一斉に佐藤さん目掛けて群がる。


「ダメだ、千鳥!数が多い!オレが行く!」


 数は十近く、幾ら強化魔法を掛けたからといって、一般人が金属バット一本でこの状況を切り抜けられるはずもない。オレが如何にかするほかない。しかし…


「ギャギャギャギャラ…」


「くっ…!邪魔すんじゃねえ!」


 「異形」による攻撃の嵐。拳が、砲撃がオレに向かって最大限繰り出される。本当に賢い奴だ。ここに来て自身の回復よりも、こちらの頭数を減らすことに尽力しやがった!これではゾンビが佐藤さんの元に…!防御魔法の効果時間の間に速く…!


「お、おーい!ゾンビー!こっちだー!」


 ふいに響くゾンビを呼ぶ声。その声はオレたちが走り抜けた通路から、声の主はほたるだった。スマホのアラームが大音量で鳴る。


「ほたる!」


 ほたるは全速力で通路へ逃げていく。佐藤さんに群がっていたゾンビは、残らずほたるの後を追う。目的地は皆が居る部屋だろう。しかし、この場に集まったゾンビは足が速い。ほたるの鈍足では部屋にたどり着く前に追いつかれかねない。


 オレはゾンビの足元を魔法で揺らす。ゾンビは無様に転んだ。僅かだが、時間稼ぎにはなるだろう。


「無茶しやがって!でも、ナイスだ!」



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 身体が勝手に動いた。ドアの隙間から見たゾンビと戦う三人は、とても頼もしく映った。でも、もどかしかった。


 私は戦うのに向いていないから、私があの場にいても邪魔なだけ。けど、私は達也さんを支えるって言ったのに、こうしてまた見ているだけ。


 達也さんによって、どんどんダメージを負っていくモンスター。あのまま行けば勝てるかもしれない。そう安堵を覚えた直後、均衡が崩れた。佐藤さんが撃たれたのだ。


 達也さんと千鳥さんに動揺が現れる。千鳥さんは急いで佐藤さんの下へ向かうけど、数が多すぎる。達也さんはモンスターの足止めを喰らっている。あのままでは佐藤さんが死んでしまう。


 そう思った瞬間、私は扉を開いて駆けていた。


「お、おーい!ゾンビー!こっちだー!」


 そう叫んでアラームを鳴らす。ゾンビは音に敏感に反応する。モールで得た知識だ。目論見通り、ゾンビのヘイトが私に集まった。私は来た道を急いで引き返す。


「ギャアアアアアアア!!!」


 怖い、怖い、怖い!!!キモい、キモい、キモい!!!キモい声を上げながら追従するゾンビ。ノロノロ歩くのかと思ったら、まさかの全力ダッシュ!メッチャ速い!このままじゃ…


 自分の行動を後悔し始めたその時、ゾンビの足元が覚束なくなった。達也さんだ。ゾンビはたまらずに転ぶ。


「速く!」


 扉を開けて東宮さんが手を伸ばしているのが見える。その腕は細く白く折れてしまいそうな綺麗な腕。


 私も精一杯に手を伸ばす。少しでも早く捕まえて貰えるように。足は縺れて絡まってしまいそうだけど、あとちょっとなんだ!耐えろ!私の足!


「んんっ…!届いた!」


 私の手がしっかりとつかまれる。折れてしまいそうと思ったその腕からは、想像以上の力強さを感じた。私は部屋の中に引きずられて、扉のすぐに近くでへたり込む。


「はあ…、はあ…!」


「大丈夫かね!」


「はい…、なんとか…!」


 扉を叩く音が聞こえる。恐怖を感じる程勢い良く。このままじゃ、ここが危ない!

そう思った瞬間、部長さんが体を思い切り扉に押し当てた。


「上司命令だ!全員、全力で抑えろ!」


 扉に向かって大きな身体で当たり、ゾンビに抵抗する部長さん。部長さんに続き、ほかの皆さんも部長さんの身体を押さえて援護する。


「若い衆ばかりに負担を押し付けて…!黙っちゃいられない!私たちのようなおやじも意地を見せるぞお!!!」


「部長さん…!」


「彼が来るまでの辛抱だ、それまで耐えるぞ!!!」



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 佐藤さんは一旦無事だ。千鳥もゾンビ狩りに戻った。ほたるたちは扉を活用して、ゾンビたちから耐久している。だが、もう余裕はない。


「ングルルルルウウウウウ!!!」


「いい加減死んでもらうぜ!!!」


 オレは「異形」の解体ショーを再開する。オレの妨害に集中していた「異形」の身体は、無理したようでボロボロだ。だが、慈悲はない。柔らかそうなところからそぎ落とす!


 腕、肩、大胸筋、そして腹部へ。次々と暴かれていく体内の果て、遂にヤツはいた。


「クカラアアア!!!」


 全長は五十センチにも満たず、全身は赤い。オレの直感が告げている。コイツが心臓だ。こすい魂だ。コアのゾンビは勢いよく「異形」の肉体を飛び出した。「異形」は動かなくなった。コアは千鳥の方へ逃げる。


「何コイツ!?」


「コイツのコアだ!千鳥!叩け!」


 千鳥に躊躇は一切ない。千鳥はバットをコアの後頭部に向けて勢いよく振り下ろす。しかし、ヤツはするりとそれを躱した。バットは地を打つ。


「痛ったあ!」


「オレがやる!」


 オレの剣はコアの細い首を目掛けて弧を描く。ヤツは背を向けて全速力だが、もうこの攻撃は避けられない。しかし、ここでヤツは切り札を切った。


「何!?」


 ヤツの首が移動したのだ。ヤツの首が腹部から生えてきたのだ。急に生やしたせいなのか、コアは走りのバランスを崩しかける。オレの剣は空を切った。


 コアは意外にもすばしっこい。ドンドンオレたちとの距離を開いていく。このままでは、奴は如何にかして復活してしまうかもしれない。早く、捕まえなくては…!しかし、こんな時に魔力が…!


「だああああ!!!捕まえた!!!」


 コアは足を浮かせた。奴は急に捕まったのだ。それは突然で、予想外の出来事。しかし、オレたちには吉報だった。


「佐藤さん!!!」


「痛ってえ!緋山さん、これを!」


 コアを捕まえたのは、ぶっ飛ばされた佐藤さんだった。相当なダメージを負ったように見えるし、実際に顔面血だらけだ。だが、そのガタイの良さが幸いしたか。頑強な人だ。オレは佐藤さんからコアを受け取る。コアの力は余りにも弱かった。


「ギャアアアアアアア!!!」


 断末魔を上げるコア。自身の最期を悟ったか。しかし、オレにコイツへの慈悲はない。


「消えろ、灰になって」


 オレは魔力を手に込める。属性は炎。魔力はオレの掌で炎を生み出し、コアを焼く。瞬く間にコアは灰になった。その灰は何かを模ることはもうなかった。







「すっかり夕方になっちまったな」


 「異形」を倒し、残党を掃討し、銀行を制圧してからも、食料調達に武器探しなどで忙しなくしていると、時間はあっという間に過ぎていき、雀色時になってしまった。


「じゃあ、オレたちは行きますね。まだ助けを必要とする人たちがいるので」


「本当に貴方たちにはなんと礼を言ったらいいか…」


「いえ、気にしないで下さい。オレたちも貴方たちに沢山助けられました」


 彼らはこの銀行に身を寄せる。食料も数か月は耐久出来そうな程にかき集めたし、防衛設備も整えた。備えは万全だ。オレはもう必要あるまい。


 ほたるは既に車に乗って待っている。魔力ももうない。つーことでさっさと帰って休みたい。ので、千鳥にも早く戻って来て欲しいのだが、どこ行った?


「たっ、達也くん!」


 オレの視界の外からオレを呼ぶ声がした。声のする方へ顔を向けると、そこには千鳥に背中を押されて出てきた麻衣ちゃんがいた。


「どうしたの?麻衣ちゃん」


「話があるの!」


 その瞳には覚悟があった。やっと麻衣ちゃんに会えた気がした。話か…、オレもあるよ。


「あ、あのね…!」


「待ってくれ、オレに先に言わせて欲しい」


「え?う、うん」


 麻衣ちゃんと千鳥の話、実は聞こえてたんだ、ゴメン。でも、同じ部屋で結構な声量で話してたら嫌でも聞こえるよ。だから、オレから言いたい。オレのせいで麻衣ちゃんのこと苦しめちゃったから。


 すうっと息を吸って、麻衣ちゃんの少し怯えたような瞳を見つめる。…やっぱり緊張すんな。


「東宮麻衣さん、オレは貴方が好きでした」


 麻衣ちゃんは驚いたような表情を見せた。そして彼女は涙を流し、その雫が頬を伝い切り地面に落ちる頃、彼女もすうっと息を吸ってオレを見つめた。


「…私も好きでした、十年前は。けど、今は…、ゴメンなさい」


 オレはやっと失恋した。返事は想像通りだった。オレたちの間に入ってしまった亀裂は、十年の月日の中雨風にさらされて、大きくなってしまったのだろう。飛び越えていけないほど。


「そっか…、やっぱり辛いな…」


「ごめんなさい…、ごめんなさい…!散々待たせといて…!」


「謝らないで。ちゃんと聞きたかったんだ、ありがとう。今度は言ってくれて」


 オレは彼女の涙を右ポケットのハンカチで拭う。チューリップの刺繍が血か何かで黒くなっていた。


 それからオレたちは言葉を交わすこともなく、車に乗り込んだ。いつの間にか、千鳥は運転席に座っていた。


「もういいの?」


「ああ、行ってくれ」


 ブルルとエンジンが鳴り、車はオレたちを乗せて銀行を後にした。夕焼けが嫌に眩しいのに、車の窓には雨粒がついた。天気雨が降り始めた。


「麻衣さんね、アンタの同級生と婚約してるらしいよ」


「え?マジ!?」


「マジ、友也くんって言えば伝わるって」


「マジか…、ともやんか…。アイツやるなあ」


「…達也さん、振られたのに晴れやかな表情してますね」


「ああ、まあな。なんつーか、ずっとかかってたモヤが晴れたような、そんなカンジ」


「そうですか…。じゃあ~、そんな機嫌が悪くなさそうな達也さんにお願いなんですけど~」


「やだね、聞いてやんね」

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