第16話 銀行制圧作戦
「今から作戦を説明する。正直言って、苦肉の策だ。負担を強いてしまう者もいるだろう」
魔力の回復は思ったよりもはかどらず、逃亡者たちの精神状態は限界だ。コンディションはかなり悪い。厳しい戦いになるだろう。
「やることは単純、正面の「異形」を撃破し、ロビーを制圧する。ただこれだけだ」
「アイツを倒す手立てがあるんですか!?」
「確固たるものはない。オレたちが持っている奴の情報は、他の奴より腕力も知力も図抜けていること、他のゾンビを取り込み再生することのみだ」
「弱点なしじゃないですか!」
そうだ、奴に明確な弱点はない。だがしかし、奴もオレに対する決定打を持っていないだろう。そんなものがあれば、もうオレは生きちゃいない。つまり、奴の最も警戒すべき点は再生能力だ。
周りの配下を取り込み肉体を再生する敵とは、ラスアリアで戦ったことがある。その時に採った戦法をここでも決行する。
「奴の再生能力は周りの奴に依存していると考えられる。そうじゃなければ、わざわざ自分の兵隊の数を減らしたりしない」
「確かに、そうですね…。けど、それがどうしたっていうんですか?」
これは苦肉の策だ。勇者は周りの人間を巻き込んではならない。だが、オレはどうにも不完全な勇者のようで、今回は一人じゃ無理だ。
「奴の再生の際に群がるゾンビを排除して再生させない。これが奴を倒す方法だ」
「それなら確かに倒せるかもしれない。けど、それは貴方一人で出来るものなのですか?」
「無理だ」
聴いてくれていた皆の面持ちが暗くなる。それもそうだろう。彼らからすれば、八方塞がりのこの状況。オレのこの言葉を聞けば、特攻していると思われても仕方ない。
しかし、オレはここで死ぬ気はない。
「一人じゃ無理だ。だから、人数を増やす」
「はあ!?」
オレがラスアリアで採った戦法。それは、一人が再生する敵を討ちつつ、他の仲間が周りの再生要因を排除するというものだ。これが迅速かつ確実な手段だった。
「貴方以外に戦える人なんていないじゃないですか!?今更、死にに行けって!?」
「そうだな、今の状態なら戦える者はオレ以外に居ない。だが、オレには周りの人間をゾンビと戦えるレベルまで引き上げる術がある。オレや補佐が奴に殴られても軽傷なのがその証拠だ」
頭がついていってないのか、半信半疑なのか全員押し黙ってしまった。
「オレと同行してもらうメンバーは二人。金属バットの本数分だ。誰か居ないか?」
まあ、いるわけないよな。どう考えても、この役回りは危険が大きい。しかも、一応の状況証拠があるとは言え、彼らからしてみれば不確実なまやかしを作戦の軸にしている。これで「じゃあ、行きますよ」などと快諾してくれる人は、それはもう無鉄砲としか言いようが…
「アタシがいくよ」
「千鳥…!」
名乗りを上げたのは千鳥だった。そうだった、コイツは相当に無茶苦茶な奴だった。
「さっき、アンタを責め立てるようなこと言っちゃったからね。その詫び。それに、アタシの手でゾンビボコれるんでしょ。そんなチャンス逃すこないじゃん!」
「お前はホントに…。後一人、いないか?」
「私が…」
「俺が行きます」
「佐藤さん!」
先に名乗りを上げようとしたのは部長だった。しかし、彼の一声を遮るように、佐藤さんが名乗りを上げた。
「佐藤!」
「部長、緋山さんが何かしてくれるとは言え、このタスクは相当な肉体労働です。なので、ここは俺に任せてください。大丈夫です、俺高校では野球やってたんで、適材適所です」
「佐藤…、確かにこの場は君の方が明らかに適任だ。だが、ここの責任者として、私はまだ何も…」
「さっき補佐も言ってましたけど、普段は踏ん反りかえって偉ぶって、そんなこと絶対に言ってくれないじゃないですか。だから、今日もいつも通りそうして下さいよ」
「…、分かった、佐藤。お前に任せる」
話は纏まった。千鳥は自前の金属バットを、佐藤さんはオレのダモクレスを装備した。扉を前に、戦場に向かわせることになってしまった二人に向き合う。
「リソースは限られている。短期決戦だ。命の危機を感じたらすぐに引くんだ、分かったな」
「分かったよ。アンタこそちゃんとやんなよ」
「はい。でも貴方がいなくなったら、それこそ命の危機であることをお忘れなく」
魔法の鍵を解除し、ドアノブを捻る。失敗すれば、ここにいる全員が死ぬだろう。そう考えると、気合いが入る。
「行くぞ!」
扉を開けていきなりゾンビの大群。しかし、コイツらに構っている余裕はない。オレは前方に魔力の閃光を放つ。それに当たったゾンビの肉体はボロボロに千切れていく。
「…これをあのモンスターに当てればいいのでは?」
「それも考えたんですが、奴を倒す程の規模の魔法攻撃を仕掛けると、この銀行が倒壊する恐れがある。それから貴方方全員を守り切るのは厳しい。それに見て下さい」
「え?うわっ!」
佐藤さんが見たのは、閃光を浴びたゾンビの肉体。閃光で死ななかったゾンビは、どうにかしてオレたちに襲い掛からんとしている。地を這ってでも、胸部以下を失おうとも。
「今から身体強化魔法を掛ける。身体能力は飛躍的に向上し、ゾンビの歯が通らなくなるが、過信は禁物だ」
「りょ。アタシ転がったヤツの頭潰しとくから、よろ」
二人を強化し、全速力の七割程のスピードでロビーまで一直線に走る。ロビーには勿論奴がいた。
三つに戻った首はオレを見て威嚇している。人類の域を遥かに超えた巨躯は、赤黒い血管がうねうねと脈打つ。
「気持ちわりい笑み浮かべやがって。全部纏めて晒し首にしてやるよ!」
一歩踏み出す。ヤツの巨体はオレの剣の間合いに入った。反応はされている。だが、遅い。ヤツの腕が宙を舞う。
「グボアアアアアアア!!」
「二人とも!頼んだぞ!」
「「了解!!!」」
ヤツの雄叫びに取り巻きは反応し、四方八方からオレと「異形」を囲む。自分の周りに飛びかかってきたやつはオレが、「異形」の方に行ったヤツは二人は対応する。
「異形」は二人も自分にとって無視できない存在だと認識したらしい。落とされていない方の腕が、千鳥に向かう。
「ガア!?ゲガアアアア!!!」
「達也!」
「お前の相手はオレだ!気移りしてんじゃねえよ!」
千鳥を攻撃の外に押し出し、カウンターを仕掛ける。オレの剣は奴の拳をズタズタに切り裂く。攻撃の勢いがついたせいで、切断とまではいかなかった。息つく間もなく、取り巻きがオレと千鳥の背後から襲い掛かかる。
オレは背後のゾンビを切り裂く。千鳥を襲ったゾンビは佐藤さんが撲殺した。
「数が多いな!」
「達也、アンタはアイツに集中して!こっちは佐藤さんと二人で如何にかする!」
「…悪い!頼んだぞ!」
「異形」の腕の切断面には、少量のゾンビがくっついていた。しかし、それでは足りないらしい。腕は戻っていない。
「ガアアアアアア!!!」
ヤツはどうすれば死ぬだろうか。考えられるパターンは二つ。一つはこの世から一片も残さずに葬り去ること。確実だが、リスクも大きい。そして、もう一つがコアの破壊だ。
もし一つ目の方法でしか倒せないなら、ヤツの回復手段はもっと便利なものだ。なら後者のパターンである可能性が高い。そして、そのコアが何処にあるのか。少なくとも、オレの目には届かないところだろう。
「身体中全部搔っ捌いてやるよ」
一太刀一太刀に魔力と腕力を込める。ヤツの身体は少しずつではあるが、肉の解体のようにバラされていく。血がオレの髪を赤く染めていく。
「ガガガガガガガガガ!!!」
ヤツは突然、腕の断面をオレに向けた。命乞いか?んなワケないだろう。すると、ヤツの腕の断面は口のような形に変形した。
「グギャラアアアアアア!!!」
ヤツはその腕の照準を変えた。ターゲットは…
「佐藤さん!」
「え…?」
ヤツの腕の口は、ぴゅっとスイカの種でも吐き出したかのような様子で、ゾンビの頭部を吐いた。しかし、その勢いは野球のストレートを思わせる程速く…
「があ!!!」
佐藤さんに直撃した。佐藤さんは吹っ飛ばされた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます