第15話 首を絞める者
オレはずっと勇者だった。ラスアリアに来た時から、そう定められた存在だった。初めは戸惑った。ただの一般人だったオレがそんなことができるはずはないと。でも、いつかもうオレがやるしかないことを知った。だから、オレは勇者になった。
「師匠、アンタならどうしたんだ…?」
師匠、オレの剣セルクトの元所有者であり、先代勇者サイラス・ベルホーネス。偉大な男だった。だが、もういない。
「ちゃんと教えてくれよ…」
オレの中の師匠は言葉足らずで、肝心なことは教えてくれなかった。三年年も一緒にいたのに、曖昧な像の男。それが師匠だった。
オレは天を仰ぐ。しかし、ジャンプすれば届きそうな天井がそこにはあった。
「達也さん、隣いいですか?」
「…ほたるか」
ほたるはオレの隣に来て、オレと同じように壁に寄りかかる。
「達也さん、大丈夫ですか?」
「何がだ?」
「何って、強がりですか?誤魔化すの下手くそですよね」
「…オレは勇者だから、強くいないといけないんだ」
ほたるはちょっと考えているのか、天井を見て軽く唸っている。言うことがないなら、ほっといてほしい。
「私、思ってたんです。緋山さんはとても強い人なんだって」
「そうだな」
「だけど、さっきの達也さん見ていて思ったんです。達也さんも完璧な人間じゃないんだって」
「…」
それは…心外なことだった。オレは強くあらねばならないからだ。
「私思うんです。私には弱さが、達也さんにも弱さがある。それはきっとどんな人間だってそう。達也さんだってそうだったから」
「オレに弱さなんて…」
「必要ないかもですね。けど、生涯かけてしつこくつきまとってくるから、私たちは弱さと一緒に生きなきゃいけない」
ほたるは語る。その話はオレには受け入れがたかった。
「だから私たちは助け合い、補い合っていかなきゃなんです。だって、一人で生きていくにはこの世界は広すぎますから。私の足じゃ、一人の足じゃどうにも出来ない」
「ほたる…」
「達也さん、私にも貴方を支えさせて下さい。私がどうにか出来ることって、そんなに多くないでしょうけどね」
受け入れがたいのに、オレの気持ちがスッと軽くなってしまうのは何故だろう。なんてこった、まったく本当に情けない奴だ。
「…確かにお前の足の遅さじゃ、大したとこまでいけないかもな」
「ああ!馬鹿にしましたね!仕方ないんです!外で遊ぶより、家でゲームしてる方が好きだったんですー!」
さて、立ち止まるのはこの位にしなきゃだ。この状況を切り抜ける為に、そろそろ動き出そう。
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彼、緋山達也くんを見ていると、甦ってくる記憶がある。とても綺麗になるはずだった記憶。だけど私が壊してしまった記憶。
「ええ!麻衣呼び出されたの!?相手は!?」
「緋山…達也くん」
「あー!緋山君かあ!割かしイケてる顔してるし、いいと思うけどな~」
とある日、私の下駄箱に入っていた一通の手紙。「放課後に待っている」という旨の内容の手紙は、呼び出された場所も作用して、「ああ、そういうことなのかな」と思わせるには十分なものだった。
手紙の差出人は最後に他より震えた文字で書かれていた。緋山達也くん、高校生になってから出来た男の子の友達で、異性の友達の中だったら一番仲が良かったと思う。そんな彼から呼び出しなので、悪い気はしなかった。寧ろ、結構嬉しかったりしてー、なんて。
その日はドキドキして授業に集中出来なかったし、早く放課後にならないかなとかやっぱり心の準備がー!とか気持ちが忙しい一日だった。けど、時間はちゃんと流れて、その日の放課後になった。
手紙の話をした友達が、ついてきてくれることになった。半ば押し切られた形なんだけど、ちょっぴり心強いなって思ったのは心の内に留めておく。
彼に呼び出されたそこは、さっきの友達曰く校内一の告白スポット。枝垂れた常緑樹の葉の隙間から光が射していて、その光にまばらに照らされるように、彼は立っていた。
「東宮麻衣さん!すっ、好きです!付き合ってください!」
ちょっと震えた、けど一生懸命なのが伝わる告白。そして、彼の瞳は突き抜けるように真っ直ぐに私を見ていた。
私は恥ずかしくなった。後ろで隠れている友達にいよいよ告白の現場を見られてしまったのもあるけれど、なによりもこの場にとても軽い気持ちできてしまったことが。顔が真っ赤になっていくのを感じる。
ここで、私は最悪の行動をとってしまった。
「あっ、あああああの!ごめんなさいいい!」
私は彼から逃げてしまった。けどきっと、彼の好いてくれた私は、こんな人間じゃないから。今の私を一瞬たりとも見てほしくなかったから。
それ以来、彼は私を一度も見てくれなかった。
もう二度と会えない程遠くに行ってしまった彼。後悔に苛まれて、だけどその苦しみを和らげてくれる人に出会っても、あの日のことは生涯心に刻まれた恥になる。
しかし、彼は突如として現れた。十年ぶりで、ちょっと見違えて見えたけど、間違えるはずもなかった。私は自分の目を疑った。
彼は亡霊なんだ。突然現れた死んだはずの彼は、私が一人だけ幸せになることを許さない天上の人が遣わした、あの日の亡霊。本当は合わせる顔なんてあるはずもなかった。なのに私は、我が身可愛さで彼に擦り寄った。本当に卑しい。
「あのさ、麻衣さん…」
「…どうしたの?千鳥さん」
達也くんと一緒に私たちを助けてくれた、気の強そうな方の女の子。明るくって、はっきりとものが言えて、意気地なしの私とは正反対の素敵な子。
「麻衣さんってさ、達也とはどーいった関係なの?ただの同級生ってカンジじゃなさそうだし」
彼女は直球勝負で致命傷をえぐる。喉が張り付いたような感覚を覚える。
「…達也くんはね、私の後悔」
「後悔?」
泣き出してしまいそう。私よりも彼の方が泣きたいだろうに。
私が言葉を詰まらせているばっかりに、彼女との間に沈黙ができてしまう。けど、彼女は気まずそうにもしないで、私の肩を抱き寄せた。少し呼吸をする隙間が出来た。
「…彼はね、私に告白してくれたんだ。けど、私は彼に応えられなくって、そんなこと出来ないからって、逃げ出しちゃった。そんなのが、彼の人生最期の思い出だったの」
「…そうなんだ」
彼女は天を仰ぐ。きっと、彼女も私を見ていられなくなったのだろう。そりゃそうだよね、私は非道い女だもの。彼女は口を開いた。
「ねえ、後悔してる?」
それは言うまでもないことだった。いくらしてもし足りなかったこと。もう、禊払えない怨嗟の声。あの日からずっと私の傍には後悔がいた。
「ずっと、聞こえるの。ふとした瞬間に、「絶対に許さない」って耳元で」
「…そっか、頑張ったね」
「頑張ったね、って!そんなこと言ってもらえるようなことじゃない!全部、全部私が悪いの!だから、私はこの声を都合のいい言葉でかき消しちゃいけないの!」
息を切らす程、叫んだ。荒い呼吸を整える最中、私はまた後悔に苛まれる。この年下の女の子は、私のこと気を遣ってくれたのに、それなのにヒステリックをあげてしまった。
「じゃあ、あとちょっとだけ頑張ろう。多分、その声はもうすぐ聞こえなくなるから」
彼女は何を言っているの?私は彼を殺したようなものなのに。これは生涯私が背負わなくてはいけない咎なのだ。
「だって、アイツは今そこにいるんだよ。あの日言えなかったこと、精一杯ぶつければいいじゃん」
「そんなこと…!言っても…」
「ねえ、麻衣さんの知ってるアイツは、「許さない」って言うの?その声は、ホントは誰の声をしているの?」
私の彼との記憶がばあっと広がる。私の知っている彼は、優しい人間だった。時々不平を漏らすけど、でも誰かを傷つけることはない。彼の声は優しかった。いつも私を苛むあの声とは違って。
「さっき見たでしょ。アイツは勇者なの。なんかどっかずれてるけど。だからきっと、麻衣さんのちょっとした我儘もきいてくれるよ」
十年
「…ちょっとしたじゃないよ。じっくり十年煮詰めちゃって、とんでもないことになってる」
「あはは!大丈夫だって!多分アイツは、どんなモンスターだってバッチコーイよ!」
ありがとうね、千鳥さん。ゴメンね、達也くん。もう耳が痛いかもだけど、もうちょっと私の我儘に付き合ってくれないかな。
私の視線の先には、達也くんが映る。もう会えないはずだった彼。私はズルい女だから、彼を神様がくれたチャンスだと思うことにしてしまう。やっと私は十年ぶりに彼と対面する。
しかし、その前に彼はこの部屋にいる全員に聞こえるように、大声でこう告げた。
「今から脱出作戦を説明する!全員、オレに命を預けてくれ!!!」
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