第13話 やがて身体を蝕んでいく

 状況を整理しよう。現在、従業員がちょっと休憩するような部屋に避難中。オレたち一行の編成は戦闘員1、協力者2、救助者10。救助者の中には怪我を負ったもの、逃走する際に支障が生じる身体能力の者もいる。脱出口のあるロビーは「異形」のゾンビ率いる、ゾンビの大群に制圧されてしまった。…どうしたものか、困難な状況だ。


 生存者たちに動揺が広がっている。やはりショックが大きかったようだ。特にそれが顕著なのが二人。思い切りぶん殴られた課長補佐と、一歩遅かったら死んでいたほたるだ。前者は部屋の隅で頭を抱えながら唸り、後者は千鳥にあやされている。


「全員聴いてくれ」


 オレが呼び掛けると、ざっと視線があつまる。その目に宿るのは不信感ではなく、恐怖だ。


「最終的にオレたちは「脱出」か「耐久」のどちらかを選択しなくてはならない。今からオレは「脱出」を目的として行動する。何か反対する者は?」


 オレが問いかけると、まばらに挙手がある。その中には課長補佐も居る。


「なぜ、「脱出」にするのですか?ゾンビが居なくなるのを待てばいいんじゃ…」


「その理由は食糧問題にある。見たところ、みなさんまともな食事に長いことありつけていないようだ。この銀行にも食料の備蓄ぐらいありそうだが、場所が解らない。オレが確実に提供出来るのは水だけだ」


「アイツはどうすんだよ!お前だって、倒せなかったんだろ!」


「確かにあの場では倒すことは出来なかった。だが、次は必ずや打ち取ることを約束しよう」


 その言葉を聞いた課長補佐の顔は引きつっている。納得していないようだが、これ以上の追求はなかった。残りの手を挙げていた人はもう言うことがないようで、もう何もないというようなジェスチャーを取っていた。


「脱出作戦は明日以降に決行予定だ。それまで、体調を整えるなど各々過ごして欲しい。以上だ」


 オレが言葉を続けるのを止めても、暫く誰も話そうとしなかった。どうしても不安が残るようだ。具体的なことは話せていないので、当然の反応とも言える。


 オレは千鳥とほたるの方へ。ほたるは潤んだ瞳でオレを見つめる。千鳥の服を掴む手には、まだ震えが残っているようだ。


「ほたる、悪かった。怖い思いさせたよな。勇者たるオレが責務果たせなかったんだ。オレに責任がある」


 ほたるは息を深く吸う。


「…はい、本当に怖かったです。今でも思い出して喚き散らしちゃいそうな位に。だけど…」


 ほたるの声は遮られた。意気消沈していた男の怒号によって。


「そうだ!お前を信じて俺たちはついていったんだ!それがこの様が!?どう責任取ってくれんだよ!」


 怒れる課長補佐は金切り声を上げる。彼の批難の声がオレを突き刺す。彼の大きく腫れた頬がよく目に付く。


「君は何を言っとるんだね!彼がいなければ、今頃私たちはゾンビの仲間入りだぞ!」


「そうだ!それにお前が怪我したのは、お前の責任だろ!」


「はあ!?お前ら、こんな出会ってすぐの得体の知れない奴の肩を持つのかよ!どうにかしちまったんじゃないのか!?」


 彼は部長ほか、数名に切り返される。しかし、彼は錯乱してしまっている。階級が上の部長ですら、その剣幕に威圧されている。彼らの論争は不要だ。さっき自分でも言ったが、責任はオレにある。


「そうですね。オレは貴方の信用に応えられなかった。ですが、貴方はこの状況を一人で打破出来ないのも事実でしょう。今一度、私に信用を預けて頂けませんか?」


「…聖人ぶってるんじゃねーよ」


 聖人ぶっているか…。これも図星だな。勇者たる者、誰彼からも尊敬されるような高潔な人間であらねばならない。オレはそれを意識的にしなくてはいけないから、聖人ぶっているのだ。


 課長補佐は一旦落ち着きを取り戻したようだ。オレを背に何かブツブツつぶやいているようだ。オレは再びほたるに向き合う。


「話の途中だったな。続きは…?」


「えっと、ちょっとタイミング逃しちゃったかなって…」


 ほたるは笑って誤魔化した。きっと、ずけずけと踏み込んではいけない領域だ。オレも追求しなかった。


 一人物思いに耽る。護衛の方法とか、「異形」の弱点とか。時間は足りない。一秒でも惜しいが、そんなオレの胸中は知らないようで、部長がオレに話しかけてきた。


「浅知恵ですが、一つご提案してもよろしいでしょうか」


「はい、亀の甲より年の劫とも言いますし」


「銀行などという犯罪者に狙われやすい設備は、ばれにくいような通路があるのではないでしょうか。それを捜索するのはいかがでしょう。この部屋を出る以上、結局は貴方に頼り切りになりますが」


「そうですね…」


 部長の言い分はもっともだ。ゾンビと接触しないで、この場を切り抜ける。それが最善であることに違いない。この部屋を開けるのには不安が残るが、可能性を試す価値はあるだろう。


「千鳥、出かける。固めはするが、留守は頼んだ」


「え?あ、りょ」


 扉に掛けた魔法の鍵を解除し、部屋を出る。部屋を出た瞬間から、ゾンビが大量に見える。いつ襲われてもおかしくない。扉の鍵を掛けて、通路の捜索に取り掛かる。


 奥にもゾンビが大量に配備されている。あからさまに数が多くなっている。増援を呼ばれたようだ。あの「異形」は相当に知能が高いように思える。


 一応、部長が言ったような通路を発見した。だが、この周りにはゾンビが多く、通路が狭い。護衛をする場合、縦に連なられるのは相当にしんどい。ここを脱出に使うなら、ゾンビに発見されていない状態で来なければならない。


 他の場所もゾンビを処理しながら周ってみたが、全員が使えそうな通路はあそこ以外には見当たらなかった。ついでに食料も探したが、これも見つけられず。野外に倉庫があるのだろうか。


 これ以上は徒労であろうと考え、部屋に戻ろうとドアノブを捻る。と、その瞬間、スマホが騒ぎ出した。電話の相手はほたるだ。オレは急いで電話に出る。


「どうした!?」


『今、扉に対して攻撃されてます!早く戻ってきてください!』


 返事する時間すら惜しんで、皆が居る部屋に駆け出す。ゾンビに見つかろうが知ったこっちゃない。馬すら置いていかんとするスピードで走り、部屋に辿り着いた。


 そこにいるのは、扉を叩く大量のゾンビとそれを後ろから見る「異形」。「異形」はオレに気付き、扉を叩くゾンビをオレに向けた。


 ゾンビは一斉に襲い掛かってきた。タイミングが他の大群よりもあからさまに良い。統率者がいるような動きだ。視界が遮られる。瞬殺はできない。


 それでもゾンビ共を全て切り伏せ、周りが開ける。いるはずの「異形」はいなくなっていた。逃げられたのだ。オレは部屋に入ろうとする。すると激しい抵抗にあったので、スマホで連絡する。1分後、なんとか開けてもらえた。扉の近くには、千鳥と佐藤さんがいた。


「すまない、オレが留守の間に襲撃が…」


「アンタがかけてった鍵で、なんとかなったよ。気にすんなって!」


「はい、俺たちが内側から抑えていましたけど、多分それも必要なかったですし!」


 どうやら、本当に怪我人はいないようだ。しかし、オレが居ないタイミングを狙われたのか?


「本当にモンスターは知能が高いみたいですね」


「ほたる、連絡ありがとう」


「いえ、私にできることはそれぐらいですから。それよりさっきのことです」


 奴の知能の高さはこの数十分で嫌と言うほど思い知った。警備を張り巡らせ、タイミングを伺い、陽動すら行った。改めて、このゾンビは異質だ。


「オレも外出は控えよう。さもなくば、今のようなことが起こるだろう」


「どうする?これから」


「一旦、今日はこれで打ち止めだ。魔力の回復に時間を割きたい」


 今のオレの魔力は全体の一割もない。オレの計算上、全快には三日かかる。よって今から休めば、明日の朝には三割程まで戻るだろう。


「じゃあ、警備は任せてください」


「いいんですか?佐藤さん」


「ええ、鍵があるならばそんなに危険な仕事ではないでしょうし、俺、ラグビーやってたんで!」


 佐藤さんのお言葉に甘えて、警備を任せて、オレは一時睡眠をとらせてもらう。寝てる時が一番魔力の回復効率がいい。スマホで時間を確認すれば、午後10時だった。


 しかし、その牙城の崩壊は内側から始まっていたことを、オレはまだ知らなかった。

 

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