第12話 歪 OF 歪
「異形」はぬるりと前進する。その足は、足に見えて、その実体は複数のゾンビの足の集合体だ。コイツは危険だと、今までの経験がそう騒ぐ。
「なに…、あれ…?」
「アイツ!こっちにも来やがった!」
「それ、どういうことですか?」
オレの聞きたかったことを代わりにほたるが訊いてくれる。どうにも彼、課長補佐の口振りは奴を知っているようなものだ。
「アイツがあ!来たからあ!俺たちゃこんなことになったんだ!」
「俺が代わりに説明します。俺たちは一度コイツにしてやられてるんです!俺たちがZOPICSに上げた画像の場所は、奴によってバリケードが破壊され、俺たちは逃げざるを得なくなりました!」
そう説明してくれる佐藤さん。彼も奴に苦い思い出があるからだろう、怨敵をみるような目で奴を睨む。が、奴の複数ある顔は、どれもオレたちを嘲笑うような表情をしている。
土煙がやっと晴れた。しかし、見えない方が良かったかもしれない。そこに居たのは、20を優に超えるゾンビの群れだ。
「うわあああ!もうダメだ、お終いだあ!」
「落ち着け!」
「なんでこうなっちまったんだ!ああああああああああ!!!」
錯乱状態に陥り、頭を抱える課長補佐。不安は伝播し、他の者も平静を装うこともままならない。その絶望の発信元は更に想定外の行動に出た。
「あああ!!!もう嫌だあああああ!!!」
「おい、待て!!!」
彼は何がどうしたか、なんと奴らの方へ狂走し始めた。異形は腕の集合体に力を込めて、拳を模る。その拳は巨大でまるでハンマーのよう。人を殺めるのに何も不便しないだろう。べぎゃりと音が鳴った。
「うわああああ!!!」
「補佐あ!!」
「大丈夫だ!まだ死んじゃいない!」
奴の殴打を受ける直前、最大限の防御魔法を課長補佐に掛けた。しかし、規格外の威力だ。通常のゾンビの一撃ならば、あのレベルの防御魔法さえあれば痛くも痒くもない。だが、課長補佐の身体は原型を保っているものの、意識を刈り取られている。
もう防御魔法は破られているだろう。早く彼を助けなければならない。取り巻きのゾンビ共の意識が彼に向き始めている。
「グルルルルラアア!」
「それは食いもんじゃねえよ!」
群がるゾンビの隙間を縫い、課長補佐を救出する。軽傷で済んでいるが、起きた後が心配だ。できる限りの最効率の動きで、手元の彼を佐藤さんに預けて、オレはいよいよ奴と対面する。
3mはあるだろうかという体長のてっぺん、三頭の頭はオレを見て、ニタニタとほくそ笑んでいる。舐めた態度してられんのも今のうちだ。オレは足腰に奴の首元に飛んでいくだけの力を込めて、腕に攻撃力の強化魔法をかける。
「いくぞ!バケモンが!」
なおも静観を続けた異形に、オレから攻撃を仕掛ける。狙うは勿論、ゾンビの弱点である首。ケルベロスが如く豪勢に三つもくっつけているが、全部切ってしまえばいい話だ。
奴との距離は5m程、既にオレの射程圏内だ。オレは跳躍一つで奴の首元へ上り詰める。奴の表情に動揺が現れた。一番右にある首の筋に剣が届く。
「…!硬え!」
他のゾンビとは比べ物にならない程、首が硬い。まるで鉄筋コンクリートのようだ。この硬さは何体ものゾンビの集合体故か。オレの腕の筋肉が躍動する。
「纏うは風!永年の大木すら切り裂く刃をオレに!」
剣に魔法を付与する。剣を中心に発生した風は、斬撃に更なる乗算を与え、奴の首をズタズタにしていく。
「ガアアアアアグッ…!グギャアアアアアア!!!」
刃は遂に肉の海を泳ぎ切る。飛んだ首と胴体の間から、向こう側の景色が垣間見える。ゾンビだらけだ、行きつく暇もないな。
まだ身体は宙を舞う。数舜の思考は地に降り立った後の行動に割かれている。どうやって、ゾンビから守り切ろうか。どうやって、彼らの無事を確保しようか。
しかし、それは動きだした。三つ全ての首を失った異形は、なお活動を止めない。スッと拳を構える。ターゲットは勿論オレだ。飛行魔法はもう間に合わない。受けるしかない。
オレの身体のほとんどを覆えそうなほど大きな手が、残像を生み出す程の速度でオレの方へ吸い寄せられる。オレは剣で防御体勢をとった。
オレの身体は大きく吹き飛ばされた。
化け物は未だに息絶える気配もない。頼りの達也さんは殴られて、壁に叩きつけられた。
怖い。足が震える。歯が上手く嚙み合わない。これ以上恐怖に飲まれたら、きっと腰が抜けて立てなくなってしまう。
しかし、イレギュラーはすぐに私たちには襲い掛からなかった。片膝を着き、まるで肩にだれか乗せるような、そんな仕草を見せる。その様子をみた取り巻きのゾンビは、何故かイレギュラーの欠損部分に集まっていく。
すると、イレギュラーは欠損部分にくっついたゾンビを捕食するように取り込んでしまった。飲み込んだソイツは咀嚼するように上半身を動かし、そして
「生えてきた…」
首が一つ生えてきた。首は嘲るようにしたり顔をみせる。私には、それが余りにも恐ろしかった。やつはゆっくりと私たちに近づいてくる。私は一歩も動けなかった。
「ほたる!逃げて!」
千鳥さんの声が聞こえる。けど、どうしよう。逃げなきゃってわかってるのに、足が言うことを利いてくれないの!私はその場に尻餅をついてしまった。化け物の何もかも吞み込んでしまいそうな掌が、私に近づいてくる。
「ほたる!」
千鳥さんが助けてくれようとしてくれるのが、はっきりと見える。でも、ダメ。きっと、間に合わない。だから、千鳥さんだけでも…
私は目を閉じた。
「んなこと!させるワケねーだろ!」
私は目を開く。奴の腕が飛んでいた。見覚えのある、頼もしい背中が目の前に立っている。
「ゴメン!壁にぶっ刺さって時間掛かった!」
「達也さん!」
目の前が真っ暗になってしまった。
オレはあの化け物の攻撃を受けて吹っ飛ばされてしまった。その結果がどうでしょう。なんと首が壁に深々と突き刺さってしまったではありませんか。いらないから、そういうキセキ。
オレはいつだか牢屋に入れられた時に編み出した秘術の一つ、ボンバイエ頭突きを繰り出して脱出する。数分ぶりの光だ。
殴られる直前の防御姿勢と防御魔法が功を奏したか、身体的ダメージはない。しかし、衝撃は殺せないのでこのざまだ。飛んでたしな。
周りを見渡せば、どういった過程を経てか知らないが、頭を一つ生やしたモンスターが、今ほたるに襲い掛からんとしている。
「んなこと!させるワケねーだろ!」
オレは奴の腕をぶった切る。完全に不意を付いたからか、奴の腕はすんなり切断された。
「ゴメン!壁にぶっ刺さって時間掛かった!」
「緋山さん!」
すまない。いかにもヒーロー見参みたいなワンシーンになってはいるが、これはオレの詰めの甘さが招いた失態だ。寧ろ責められるべきだ。
しかし、そのことを詫びるのは安全を確保してからにしよう。オレは奴の前に立ちはだかる。奴は切断面とオレを交互に見て恨めしそうな顔をしている。奴は雄叫びを上げる。取り巻きゾンビが一斉に活動的になった。
「撤退だ!奥の部屋に走れ!」
状況が余り悪い。異形の倒し方は不明。周りのゾンビはそのほとんどが走るタイプのようだ。今までにも走るタイプのゾンビには遭遇したが、こんなに一堂に会するのは始めてだ。この状況を今の残存魔力で犠牲者なしは無理な話だ。
後ろの部屋に向けて走る一同。最後の一人、課長補佐を背負った佐藤さんが通路に入ったのを確認して、オレは狭い通路を完全に塞ぐように氷魔法で壁を生成する。
奥の部屋の内一つが鍵を掛けられる部屋になっていた。一先ず、全員でその部屋に駆け込む。
「…全員無事か?」
「うん、なんとか」
全員、疲労に憑りつかれてしまった。仕方ないのないことだろう。肉体的にも、精神的にも相当応えるものがあっただろう。
「さて、状況は非常に芳しくないな」
疲労困憊かつ衰弱した逃亡者約10名を抱えながら、討伐方法不明のモンスターとダッシュゾンビを切り抜ける。非常にハードな事案だ。しかし、オレは勇者だ。こんな状況で弱音を吐いてはいけない。この状況、どう切り抜けようか。
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