第11話 いつでも夜明け前が一番暗い

「東宮麻衣さん!すっ、好きです!付き合ってください!」


 誰が言い出したのか知らないが、オレの通っていた高校には「絶対に100%成功する告白スポット」なるものが存在した。そんなジンクスを過信するつもりはなかったが、当時のオレには余裕がなかったもので、出所不明の噂話にも見境なく飛びついた。


 が、実際にこの場所に来てみれば、日当たりは良く、人通りは少ない。おまけにこの場に根差していくつもの季節を巡ってきたであろう大木が、黄昏時には幻想的な太陽光のシャワーを演出していた。なるほど、告白スポットの称号を得るわけだ。待つまでの間に感動したっけな。


 目の前の彼女は東宮麻衣。春から一緒のクラスになった女の子で、近寄りがたささえ感じさせる容姿と、誰をも包み込んでしまいそうな優しさが、オレを釘付けにした。


 日常会話を交わす関係になるまではそれ程の時間を要さなかったのだが、二人きりで話せるようになるまでは結構な悪戦苦闘があったわけで。こうやって、彼女への告白に踏み切るのに、これまでの人生で一番の勇気を要した。


 が、正直に言えば、勝算があった。二人で下校するのも一度や二度の話ではなかったし、PCで調べた「これがあったら告白して欲しいサイン!」というサイトの項目に彼女の行動はあてはまっていた。これはイケる!と高をくくっていた。


だから、


「あっ、あああああの!ごめんなさいいい!」


 こんな風に振られるだなんて、思っても見やしなかった。顔を真っ赤に染めた愛しの彼女は一目散にその場から走り去っていってしまった。


—————————————————



 麻衣ちゃんだ…。あの時にこっぴどく振られた彼女が、今オレの目の前に居る。夢じゃないよな。ああ、一段と綺麗になってんなあ…。一応、未だ夢の最中ではないかを確かめる為に、頬をつねってみる。痛って、現実だ…。


「あれ、けどなんで…、あの日確かに達也くんは死んだはずじゃ…」


 言葉を紡げない。頭が働かない。もうどうすりゃいいか解らない。喉が乾く。心臓が軋む。


「達也!しっかりしな!」


「っ…!はっ、はい!!!」


 千鳥の一喝でこの世界に戻される。そうだ、今は生きるか死ぬかの瀬戸際。オレはそれをどうにかするためにやって来た勇者なのだ。気をしっかり保て!


「すいません、取り乱しました。けど、この状況を打破出来るのはオレだけです。生き残りたくば、ついてきてください。」


 しかし、彼らの腰は鉛のように重い。今の動揺が彼らに頼りない印象を与えてしまったかもしれない。守るべき皆を不安にさせてしまうとは、勇者失格だ。


 顔を見合わせて、誰かが指揮をとるのを待っている。ここまで生き抜いてきたのだ、仲間意識が芽生えているのだろう。そんな彼らを動かす活力となったのは、オレに深い精神攻撃を仕掛けてきた彼女だった。


「みなさん、彼の言う通りにしましょう。彼が本当に達也くんなら、彼は信用に値する人物です」


「麻衣ちゃん…」


 不覚にも、嬉しくなってしまった。どうして、10年前の相手なのに、こうもオレを揺さぶることが出来るのだろう。


 オレの先導を受けて、生存者たちは移動する。通路には足音のみが響く。きっと、この沈黙はゾンビの対策としてだけではないだろう。彼らが緊張に支配されているのが、肌に刺さって伝わる気がする。


 オレたちが強行突破した道のりには、既にゾンビに荒らされていた。そのゾンビを迅速かつ必要最低限に処理。が、これだけでも先程までとは比べ物にならない負担だ。その理由は二つある。


 一つは単純に人数が増えたから。もう一つはその逃亡者の健康状態である。彼らは例外なく衰弱しており、走りにパワフルさがない。中には足が遅いほたるよりも遅い者もいる。特に…、


「ひい…、ひい…、もう無理だ。若い衆だけでも逃げてくれ…」


「部長、何を言ってるんですか!いつもの貴方なら、おぶってでも助けろって言うでしょう!」


 一行のなかで最高齢に見える部長と呼ばれるてっぺん禿げのおっさん。大きめのお腹と自身の体重が響いてか、大分足に来てしまっているようだ。今は体育会系の経験がありそうな男性の佐藤さんに肩を借りているが、普通ならば格好の的だ。


「もうそろそろ外だ!」


「ちゃんとついてきてくれよ!」


 苦心しつつも、建物からの脱出に成功する。だが、これ以上の逃亡劇の落ちは見えている。一旦近くに避難する方がいいだろう。


「何処か良さそうなのは…」


「あそことかどうでしょう。結構広そうに見えますよ」


 ほたるの指差す方向にある建造物。それは外観から推測するに銀行だろう。そこそこ大きめの銀行だ。ほたるの提案に乗っかり、銀行に身を寄せることにした。


「ひい…!ゾンビが居るぞ!」


「数は少ないな…。一瞬で片をつけよう」


 見えるゾンビの数は四体のみ。オレたちが物音を立てた所為で既に気づかれているが、全部正面からだ。連携するという概念の存在しないゾンビが一方向から襲い掛かったところで、オレには傷一つつけられない。


 順番に近い奴から首をすっぱ切る。全て一撃でけりが付いた。剣に付着した血を振り払う。床を飛沫が汚す。


「入口は塞いでおく。全員見晴らしのいい所で休憩してくれ」


「はい、ありがとうございます」


 入ってきたドアは壊れていない。なので、そのドアに合うように閂を入れて塞ぐ。この強度ならゾンビが突破することはないだろう。まだ銀行内にゾンビが残っている可能性はあるので、オレがパトロールをしておこう。


 銀行内を一周して、残っていたゾンビを排除してきた。一先ずこれで安心だろう。ここに同行してきたメンバーが居るロビーに戻ってくると、安堵を覚えたのか緊張が溶けた顔で談笑している。オレが戻ってきたのに一番最初に気付いたのは麻衣ちゃんだった。


「あ、あの!ありがとう…」


「…ああ」


 素っ気ない返事を返してしまった。でも、どんな面して彼女と向き合えってんだ。「まあまあ、一旦置いといてこれからは仲よくね」はちょっと難しい。麻衣ちゃんもオレへの対応に困っているらしい。


 そのギクシャクした雰囲気を察したのか、千鳥がオレたちに話しかけてくる。頼む、どうにかしてくれ!


「んで、お二人はどのような関係で?」


「えと、高校の頃の同級生…、かな?」


「へえ、それにしてはー、ってカンジもするけど」


 空気読めよ、コイツ。なんてこった、千鳥の出した助け舟には爆弾が仕掛けられていた。


「いいだろ、今は。それより、もしかしてだけど、ここの人たちは皆知り合いとか?」


「う、うん。会社の同僚」


 会社の同僚か…。なんか、変な気分だ。麻衣ちゃんが働いているなんて。けど、当然だよな。オレと同級生ということは歳は26。社会人をやっていても何ら不思議はない。


 ここで同僚のみなさんが割り込んできた。ナイスタイミングだ。代表して、部長が話し相手になった。


「いや~、本当に助けられましたよ。何と礼を言ったらいいか…」


「いいえ、お気になさらず。これはオレの責務ですから」


「これが責務とは、いやはや高尚なお方だ。宜しければ、お名前を伺っても?」


「緋山達也です。よろしくお願いします」


 そう言いながら頭を下げると、部長も頭を深く下げる。丁寧な方だ。


「さて、こちらも紹介させて頂きます。しかし、貴方の役回りは咄嗟の瞬発力が重要でしょうから、覚えやすいように。では、私から…」


 部長から一人一人紹介を貰う。不安症そうな課長補佐、体育会系の佐藤さん、そして麻衣ちゃん…。


「そう言えば、東宮は緋山さんを前から知っていたようだが?」


「はい、彼は高校の同級生なんです。だけど…」


 麻衣ちゃんがオレに関する情報を続けようとしていると、扉の方から大きな破壊音が聞こえた。なんだ!?あの扉を破壊するのは通常のゾンビでは不可能なはずだ!


 音のする方に全員の視線が集まる。その視線の先は土埃で碌に見えやしないが、異常な何かが居ることをオレは察知した。


「全員、下がって」


 土煙を括り抜けてそれは現れた。それはゾンビの中にあっても尚のこと異形、人体の延長であるゾンビの法則を越えて存在している正真正銘のモンスターだ。その肉体は複数のゾンビの肉体で形成され、身体の無数の目が一斉にこちらに向いた。


 低い唸り声が響いた。

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