第10話 出会いも再会も唐突に

 いつからか拠点のように過ごしていたこのホテルとも、今日でお別れかもしれない。そう思うと若干もの寂しいが、戻ってくることのないように必要なものを鞄に詰める。


 携帯、食糧、ダモクレス。改めてまとめてみれば荷物はこんなものか。歯ブラシは後で調達できるだろうから置いていく。オレの方は準備が終わった。隣の二人の部屋のドアをノックする。


「おーい、準備終わったか?」


 ガチャりと鍵が開いた。鍵を開けて出てきたのはほたるだ。


「もうちょっとかかりそうです。着替えとかは終わってるので、中に入って待ちますか?」


「では、お言葉に甘えて。お邪魔します」


 そう言うほたるの格好は、白と黒をメインとした動きやすそうなファッションだ。落ち着いた印象を受ける彼女に、エネルギッシュな一面を印象を与えつつ、イメージと乖離しすぎないよいチョイスに思える。


 中にいるのは、勿論千鳥だ。彼女のファッションはいかにもアイツらしいものだ。皮製品の上着に、下はまさかのショートパンツ。寒いぞ、最近。


 そんな千鳥は捜しものの途中らしい。というか、この部屋結構散らかってんな。この短い期間でこれとは、汚部屋製造機が居そうだな。


「ほたる。イヤホンどこ行ったか知らない?」


「え~、ベッドの近くじゃないですか?も~、ちゃんと片付けておかないから」


 ほたるは腰に手を当ててプンプンと怒っている。お母さんみたいだな。そう言えば、前に気になったことがあったんだった。


「千鳥っていくつなんだ?」


「今度の二月で21」


「へえ、そうなんですね」


 ほたるよりも年上かよ。今の千鳥からはそんな貫禄は感じない。というか、イヤホン一つ探し出すのに時間かかりすぎだろ。


「イヤホンって、コード付いてるだろ。そんなに時間かかるか?」


「アタシのはBluetoothイヤホンなの!」


「ブルートゥース?何だ、それ?何が青いんだ?」


「Bluetoothイヤホンは、対象のデバイスから無線で繋ぐイヤホンのことです。だからコードがついてないんです。ほら、こんなカンジに」


 ほたるは恐らく件のイヤホンを見せてくれる。なるほど、オレが想像するイヤホンと比べてコンパクトだ。コードに引っかかることがなくなった代わりに、なくしてしまいやすそうだ。


「あっ、ベッドの下にあった」


「やっと見つかったか、後準備は?」


「これで終わり。もう出れるよ」


「本当ですか?ハンカチとか持ちました?」


「あっ、持ってない」


 そう言う千鳥に、「もう、しょうがない人だな」と言いたげな目をしながらハンカチを詰めるほたる。ハンカチはオレも持っていなかったな。ということで、オレもほたるから一枚ハンカチを受け取った。何か花の刺繍が…


「これ、何の花?」


「チューリップじゃない?アタシもあんまり詳しくないけど」


 チューリップか…。懐かしいな、小学生の時に授業の一環で育てたけっな。ガキ大将のみつくにくんがすぐに枯らしてたな。


 荷物を持ち、扉を開けて、部屋を後にする。カーペットの敷かれた廊下を抜けて、日当たりのいい階段を降りて、開けたロビーにでる。華やかにロビーを彩っていたであろう観葉植物が、少し元気を失っている。


「もしかしたら、ここも最後かもですね」


「ここ、いいホテルだったんだろうな…」


「世界が正常に戻ったら、また来ればいいさ」


「いつになるだろうね」


「…オレがする。そう遠くないさ」


 少なくとも、ゾンビはオレがどうにかする。その後、このホテルが通常営業するかは知らないが、そうできるだけにこの都市に降りかかる災厄を振り払ってみせよう。


 ドアをこじ開け、車を停めておいた駐車場に向かう。太陽光に当てられる真紅の車は、工場で塗られただけではない赤が付いている。洗車しとけば良かったな。


「おお、立派な車ですね!…至る所に血がついてなければ」


「乗りな、全部ヤる覚悟は出来ている」


「ほたる、コイツはマジだぜ」


 ミナ直伝の洗浄魔法で、フロントガラスをサッと綺麗にする。ピカピカとまではいかないが、運転に支障がないぐらいにはなっただろう。教えられた時は、こんなもんいつ使うんだと思ったものだが、意外とその機会は訪れた。


 運転席に千鳥が、助手席にオレが、そして後ろの席にほたるが座る。大体昨日と同じだな。こうやって、自然とポジションが定まっていくものだよな。塾の自由座席しかり。


「シート冷た!」


「そんなに生足出してるからですよ」


「…ほたるって19だよな。運転免許持ってんの?」


「ええ、取りましたよ。まあ、ペーパードライバーですけどね」


 鍵を付けて、エンジンをかける。昨日の発進する時よりは、安全志向が増したように見える。


「じゃあ、ほたる。ナビ頼むよ」


「あれ、席変わった方がいいか?」


「いえ、大丈夫です。それよりも色々出来る達也さんが前にいた方がいいと思います」


 車は駐車場を出て、公道を走る。車同士の交通事故の心配がないため、曲がる時の安全確認がない。ゾンビなら気兼ねなく引けばいいと思ってそうだし。目的地には三十分以上かかるらしいが、このスピードなら早く着きそうだ。


「新宿か、行くのは初めてだな」


「お、そうなの?」


「達也さん、確か埼玉出身ですよね」


「ああ。しかも、東京よりも北関東寄り」


 だから東京に行くっていうのは、あの頃のオレにとって一大イベントだった。昔行った時は、あまりの人の多さに眩暈がしたっけ。


 標識とカーナビが新宿区に入ったことを知らせる。情報番組とかで見るような人の盛りはやはりない。嫌でも見える惨劇の後と、その犯人であろうゾンビ共が我が物顔で跋扈している。


「多分あと10分程で到着します」


「了解。いくぞ、ダモクレス」


「…なんでダモクレス?コー〇ギアスですか?」


「おお!コー〇ギアスはわかるんだ!」


「もちろんですよ!ヲタの義務教育じゃないですか!」


 初めてこう言う話が通用した気がする。10年以上前にTVにかじりつくように見たあのアニメは、今も語られる名作たる地位を築いたらしい。やっべ、涙出そう。


「いや、やっぱりあの最終回を見た時はな~」


「私も衝撃を受けましたよ!いいなー、リアタイで見たかったな~」


「へ~。で、なに?コー〇ギアスって?」


「え?」


「知らないんですか?名作アニメの中の名作ですよ!」


「いや、あんまアニメとか見ないし」


 折角希望の光を見出したのに、その光はあまりにか細く、儚かった。オレと後ろの席のほたるが萎れていく。ほたるはペタペタとスマホを触り始めた。オレは窓を開けて風を感じる。


 突如として、ほたるがスマホを見ながら俊敏に起き上がる。


「達也さん、千鳥さん!緊急事態です!今から行くとこ、大ピンチらしいです!」


「…!とばすよ!みんな、ちゃんとシートベルトはしてる!?」


「構うな!とばせ!」


 法定速度をぶっちぎって、例の画像の建物に向かう。一瞬一秒が惜しい。エンジンがイカレそうな程の回転率。今のうちから、魔力を高めておく。


「この角を右折で着きます!」


「降りる準備をしろ!止まったらすぐだぞ!」


 運命の分岐点を曲がる。確かにゾンビ共の気配を感じる。それに助けを求める人の声も。勇者として、彼らを一人足りたとも零すわけにはいかない。


 画像の建物が見えた。その出入口には、ゾンビが群がっている。オレは急いで車を降り、奴らに向かって攻撃を仕掛ける。


「さっさとそこ、退きやがれ!」


 手始めに魔法で爆撃を繰り出す。生み出された爆炎と衝撃はゾンビの森を焼き払う。建物にダメージが入ってしまったが、突破できるだけのスペースが出来た。


 建物の中に侵入すると、明らかにゾンビのものではない声が聞こえる。よかったというにはまだ早いが、ぎりぎり間に合った可能性がある。


 ダモクレスをしまい、剣を構える。中に居るゾンビを走り抜けられる程度に排除していく。この建物の人間を守らなくてはいけないが、一緒に来た二人も当然のことながら守らなくてはいけない。開けた風穴を二人のおいていかない程度の速度で走り抜けていく。


「あの部屋!他のところよりもゾンビが多いです!」


 部屋に群がるゾンビを迅速に排除する。ゾンビ共の標的がオレたちにないので、いつもよりも戦いやすい。


 群がるゾンビを全て排除し、部屋の中にいる者たちに呼びかける。この建物の扉は破壊されていたし、オレの魔法で耐久面も心配だ。近くの建物に避難しよう。


「一旦この建物から脱出する!死にたくない奴はついてこい!」


 腰が抜けたように座り込んでいた部屋の中の生存者は、オレの言葉に反応して立ち上がる。その数、10人。ほとんどのものから疑いの目を受けられている。


「お前は誰なんだ!?」


「あの掲示板の書き込みをみて救援にきたものだ。少なくとも、この建物から脱出できるだけの手立てがオレにはある」


「なんでそんなこと出来んだよ!?」


「それは長くなるから後でだ!」


 状況を飲み込めない者たちから、質問を受ける。本当に命を預けるに足る存在なのか、値踏みしているのだろう。ラスアリアでも、勇者一行の名の届かない集落ではこんなことがあった。そんな時は害することがないことを証明する必要があった。しかし、今は悠長にくっちゃべってる時間が惜しい。


「兎に角!ここから脱出を…!」


「あっ…、あの!」


 逃亡者の中から声が響く。女性の声だ。しかも、聞いたことがあるような、懐かしいような、そんな心地がする。その声の主が前に出てきた。


「もしかして、緋山達也くんですか…?」


「麻衣ちゃん…?」


 その声の主は、オレの初恋の相手である東宮麻衣ちゃんだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る