第9話 君はバラより逞しい
「お、カップ焼きそば。これ時々食べたくなるよね」
「いいな、持っていくか。部屋のケトル使えたかな。一応、やかん持っていくか」
今いるのは、拠点にしているホテルから徒歩10分程で着くスーパーマーケット。ホテルの食料品が底をつき始めたので、調達に出かけざるを得なくなってしまった。
今日は部屋にほたるを置いてきた。スマホでコミュニティ捜しに勤しんでもらうためである。よって千鳥と二人で出かけている。ほたるの安全策は万全のものであるので安心して欲しい。
「ん~、ほたるは何が欲しいかな?訊いてみるか」
「まて、それはオレに任せろ。折角スマホを手に入れたんだ。使いたい」
先手必勝でポケットからスマホを取り出す。まずはロック画面。上にすわいぷすると数字が出てきた。パスコード「0919」を打ち込む。で、この緑のアイコンをタップして…
「もたもたしすぎでしょ。アタシが送っていい?」
「まてまて。お前にもこういう時期はあっただろう。初心を忘るるな」
邪魔が入った、集中させろ。んで、この何かわからないアニメのキャラがほたるだったはずだ。これを押して、メッセージを送る。
しかし、このふりっく入力というのがどうも曲者だ。ガラケーみたいに連打でもいいらしいのだが、これを使ったほたるの文字入力は目を見張るものがあった。ならば、挑戦しないわけにはいかない。
悪戦苦闘すること5分。やっと送信を完了した。文面は『何か食べたいものある?』だ。すると、1分程で返信がきた。千鳥もそれを横から覗き込む。
『そろそろ甘いものが食べたいです!千鳥さんにイイ感じのものを訊いてください!』
「だって」
「ん~、何がいいかな?」
千鳥は頭を悩ます素振りを見せる。オレが推測するに、その原因は二つある。一つは単純にほたるの好みを考えているのであろう。
そしてもう一つ、このスーパーは数日前から既に無人だったようだ。よって、生物をはじめとした食料品が腐っている。鼻栓をしていたい位のひん曲がりそうな腐乱臭が漂っているのである。こうなると、選べる甘いものも限られてしまう。
「…、とりま密封されてて傷んでなさそうなのを選んでいこ」
千鳥の提示した条件に合いそうなものを幾つか選び、スーパーを後にする。これからの食糧調達の憂慮が見えた。
さて、こっからどうしようか。もう目的は済んだし帰ってもいいのだが、オレたちが五月蠅くしてほたるの作業効率が低下するのは不本意だ。
「達也、これから帰るだけ?」
「まあ、用もないし」
「じゃあ、ちょっとあそこに寄り道しない?」
そう言う千鳥の指差す方向にあるもの、それは車両販売店だった。車か、これからのことを考えると是非とも欲しいものだ。ところが、オレが異世界転移した年齢は16歳、高校1年生。運転免許は持っていない。
「いいけど、お前運転できんの?」
「もち、友達つれて湘南までドライブしたことあるし。大型免許もある」
「よし、なら行こう」
店内に入ると、そこにはピカピカに磨かれた車両の数々!…とは言えない位埃を被ってしまっているが、立派な車両の数々だ。
「お~、これ、アタシが買って貰ったのの最新機種」
「へ~、これは軽自動車か?」
「うん、けど軽の中だとちょっと大きめかな。けど、折角なら違うの乗りたいな」
自分のお眼鏡に適うものを求めて徘徊する千鳥。一応、店内のゾンビは排除したとは言え、あまり遠くに行かないで欲しいものだ。一つ一つ巡っていって、そしてある車の前で立ち止まった。
シャープな曲線美の光る、高級車の雰囲気を全面に押し出した赤い車だ。
「…これ、懐かしいな。トラがコイツ欲しがってたっけ」
千鳥は仄かに暗い表情を浮かべる。前にこの話題を振らないようにしようと決めていたが、彼女から切り出してきた。もしかしたら、喋ることで自分の中で整理出来るものがあるのかもしれない。
「…大丈夫なのか?トラのこと」
「…正直に言えば、やっぱまだ悲しいよ。小さい頃から家族みたいに過ごしてきたやつだもん、当然じゃん。けどさ…」
千鳥は少し言葉に詰まっている。
「けど?」
「…けど、きっとタツも父さんもタツも!アタシにクヨクヨして欲しくて、想いを託したんじゃない!だから…!」
千鳥は胸の前に手を持ってきて、オレにそう言う。その瞳は潤みながらも真っ直ぐで、その右手首には少し歪な形をした腕時計が付いている。
「タツヤ」
「わかってるよ。空気の読めない奴らだ。KYだな」
「鍵取ってきて」
「…お前まさか、このまま行くつもりか!?」
何に反応したか、かなり多くのゾンビ共が集まってきた。自動ドアの電源はOFFにしておいたが、突破するのは容易だろう。
カウンターに出してあった鍵を全部かっさらって、さっきの赤い車に乗り込む。千鳥は運転席、オレは助手席だ。
合う鍵を早々に見つけて、千鳥はアクセルをべた踏みに、エンジンを蒸かす。車の駆動音がゾンビを引き寄せるだろう。
「ちゃんと掴まってな!」
「マジで言ってんのか!?ドア開けてくりゃ良かった!」
レバーを動かし、ドライブモードに切り替える。車はドア目掛けて発進する。加速が異常に速い。
「舌嚙むなよ!」
ドアの向こうには、既にゾンビが群がっている。オレたちはドアを破壊し、ゾンビをひき殺す。段差でもあったのか、車が少し跳ねる。
「気分いいね!けど、思ったより車壊れなかったな」
「防御魔法かけたんだよ!無鉄砲な真似しやがって!」
血塗られたような真紅の車は、ゾンビ共もお構いなしで東京のアスファルトを駆ける。フロントガラスに血がついて、見づらくなってきた。窓を開けて、前を確認する。
血の匂いの付いた冷たい風が吹き抜ける。風に当てられたのか、千鳥は発進した時のハイテンションが冷めたようで、しばらく黙っていた。車とゾンビを引いた音のみが響く。
ふと、千鳥が口を開いた。
「…だからさ。アタシはちょっと無理してでも、前を見て生きていく。アンタとほたるが居れば、そんなに無理なことじゃない気がするし」
さっきの続きか。あまり無理はしないで欲しい。ダメならオレかほたるに相談して欲しい。でも、それは言わないでおく。彼女の決意をまずは尊重しよう。
「約束するよ。お前を守るって。託されたし」
そのやり取りを最後に、拠点のホテルに着くまでオレたちの間に会話は無かった。けど、不思議と換気した後のような心地よさがそこにはあった。
「ただいまー!」
「おかえりなさい。千鳥さん、達也さん」
「何事もなかったか?」
「はい、おかげさまで」
今回ほたるを部屋に置いていくにあたって、部屋の鍵に土魔法の取っ掛かりを付けた。小さい故に魔力が高密度で強固になっていて、1週間程度持つだろう。この魔法は使用者、つまりオレなら近くに居れば解除可能である。
「ほい、ほたる。これ、頼まれもの」
「おお!ブラウニーですね!」
「シンプルなやつだけどな」
「いえいえ!早速食べましょう!」
「その前にシャワー浴びてきていい?臭いのキツイとこ居たし」
確かに千鳥の言う通りだ。食事の時に異臭がするのは嫌だ。納豆とかは別だとしても。オレと千鳥は交代でシャワーを浴びた。そして、やっとデザートタイムとしゃれこんだ。
「さて、ほたる。そっちはどうだった?」
「はい、今日一日ネットサーフィンしてみましたが、こんなサイトが開設されていました」
ほたるは彼女のスマホの画面をオレたちに見せる。その画面に表示されていたのは、掲示板サイトのようなものだ。
「ZOPICS(ゾピックス)?」
「はい、今回のこの騒動を受けて何者かによって開設された、ゾンビ被害者の援助を目的とした情報共有掲示板です」
青色を基調とした、オレたちの時代にも作れそうなこのサイトが今回の成果らしい。ここをたどれば、生存者のコミュニティにありつけるということだろうか。
「でも、このサイトの書き込みの多くは、荒らしや陰謀論者の妄言、デマ情報のようです。ので、有力そうな画像付きで詳細な情報が載っている書き込みをピックアップしました」
「お疲れ様、大変だったでしょ」
「ええ、スマホ投げそうになりましたよ。外野が何を楽しそうにって」
どうやらオレが想定していたよりも過酷な作業を押し付けてしまっていたらしい。申し訳ないことをした。
ほたるがピックアップしたという情報の数々、その中で生存者情報を優先して目を通す。そして、そこそこ近場で大きめな情報を発見した。
「やっぱり、それに目を付けましたか。『新宿区にて、10人程で逃亡中。下記は居場所の画像』新宿区だと、そんなに遠くないですね」
「ああ、そうだな。よし、明日はこの情報主を探し出すぞ!」
「OK!じゃあ…」
「今日はもう寝ますか!」
時計の示す時刻は23時半。今から向かっても事故る可能性もある。魔力を少しでも回復したいし、早めに休むのが吉だ。
「んじゃ、お休みー」
「明日早いからちゃんと起きろよ!特にほたる」
「はーい…」
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