第8話 ボンバイエ
「状況は最悪です!私たちここで終わりなんですかー!?」
「もうそろそろ後ろからも来るよ!」
「そんな時の為にこれもってきておいたんだ」
オレは白峰のトートバッグに手を突っ込む。テデデデッデーン!接着剤~!これを後ろの床に大量にばらまいて、足止めをする。その役を白峰に頼んでおいた。
ついでに天井を落としておこう。白峰の作業が終わったことを確認し、黒川が持ってきていたらしい野球ボールを天に届くぐらいに投げ、天井を破壊する。天井の瓦礫が落ちてくる。
「よし、後ろはこれで一旦大丈夫」
「これ、接着剤要りました?」
「多分!それよりも、後ろを突破される前にオレたちが正面を突破しよう!」
「どうやって!?」
「それは戦いながら考える!」
近づいてくるゾンビを、一体、また一体とぶった切る。正面のみなら、魔法を使わずとも剣術のみで時間を稼げるだろう。
しかし、ゾンビの波はとめどなく押し寄せる。奴らは数にものを言わせて、二七〇度程に広がってオレたちを包囲する。少し前線を下げるべきか?
「コイツはキツイな…」
「アタシも戦う?」
「多分カバーしきれない!止めてくれ!」
背後に居る二人が不安に駆られているのがわかる。しかし、二人を安心させられるような気の利いた言葉が思い浮かばない。この袋小路のような窮地から、打開するための蜘蛛の糸の一筋を耐えながら待つことしかできないのだろうか。
「あっ、ライターなかったっけ!?」
「確かありましたよ!100円ライターを幾つか!」
「ゾンビって火に弱いんでしょ!これならゾンビを怯ませられるんじゃない!?」
「いや、恐らく無駄だ」
このモールの駐車場の各所に燃えている場所がある。しかし、ゾンビはその炎を越えてやってきている。そのせいで足などの一パーツを失っているものもいるが、それでも止まらない。ライターの火でゾンビの足止めは不可能だろう。
「じゃあ、ホントにどうすんの!?」
「緋山さん!もう魔法でバーッとやっちゃってくださいよ!」
「そろそろ潮時だな…。よし!」
剣を構え、魔力を込める。残る魔力のほとんどを使えば、ここいらのゾンビを全て吹き飛ばせるだろう。帰りの魔力のことは気にしていられない状況だ。この規模の魔法となると、かなりの集中を要する。
だから、オレは後ろから聞こえてくる声に対して、反応が遅れてしまった。
「緋山さん!危ないです!」
白峰の声にやっとに反応したオレの目に映るもの、それは大型トラックが突っ込んでくる所だった。
同じだ。オレが異世界転移するトリガーになった大型トラックによる交通事故。突然に、そしてあっという間にオレを殺した鉄の塊。今オレに迫るトラックがあの時の一瞬の情景を甦らせる。
時間の流れがゆっくりに感じる。オレの元に到達するまで5秒とかからず。トラックの運転手は既にゾンビだ。しかし、不幸にもルートは完璧。このままではあの時と同じように、オレは死ぬだろう。
十年前のオレだったなら。
背後に居る二人を安全圏まで突き飛ばし、大型トラックに立ち向かう。足に力を込めて、飛ぶ。コンマ数秒の間空を切った足は、重力のままにトラックのフルキャップを叩き、もう一度高く舞う力を与える。
空中で剣を構える。剣に込められた属性は風、標的は勿論真下の鉄の塊だ。
「迅風!裂穿あああ!!!」
空中で剣は翻る。剣は斬撃の衝撃波を生み、衝撃波はトラックを割り箸のように割ってしまう。トラックはたちまちのうちに横転する。トラックの暴走に巻き込まれたのか、ゾンビの破片が宙を舞う。
「緋山さん!大丈夫ですか!?」
「見ての通り、ピンピンしてるぜ」
後ろに大きく突き飛ばした二人が、一時の安全を察したか、オレの元へ帰ってくる。しかし、まだ油断できるほどではないだろう。ゾンビはまだ多い。だが、トラックの残骸からガソリンが漏れ出ているのが見えた。
「黒川、ライター」
「…あいよ」
背後からゾンビが襲い掛からんとしている気配を感じる。オレはライターを点ける。いつの間にやらくすねていたのか、黒川からサングラスを渡される。勿論、つけさせてもらおう。既に二人とも装着しているみたいだし。
「MISSIONーCOMPLETE」
「YEAH…」
「WAVY」
ライターを後ろに放り投げる。大規模な爆発がした音が聞こえる。背中で熱風を測る。オレたちは無言で拳を合わせた。
すっかり本拠地みたいになってきている、不法占拠しているホテル。そのいつも使っている一室で、今日の成果を確認している。
「はああああ!一週間近くぶりのスマホだー!!!」
「はあ…、初期設定って大変なんだな…」
「やば、めっちゃ通知溜まってる」
スマホに詳しい白峰が居て良かった。帰って来てから夜になるぐらいまで初期設定に時間かかっちまったが、オレも夢にまで見た人生初のスマホを手に入れた。
「んで、これどうやって使うんだ?」
「まあ、ゲームアプリとか今は必要ありませんよね。取り敢えず、メッセージアプリだけでも入れておきましょうか」
「何使えばいいの?あれか?メアド交換すればいいのか?」
「最近はメールってあんまり使いませんよ。L〇NEっていうメッセージアプリが覇権です」
ということなので、白峰が言うL〇NEというものをダウンロードし、アプリ内のQRコードを読み取り、連絡先を交換した。奇妙な交換方法だ。昔は赤外線通信を使って交換していたというのに。
「おっ、緋山。アタシとも交換しよ」
「OK。任せとけ。オレはQRコードを学んだ」
オレのL〇NEにはhotaru☆とThidori Kurokawaの二人が登録されている。女性と連絡先を交換したのは久しぶりだ。ラスアリアではそんなテクノロジー無かったわけだし、学生時代以来か。
「緋山の登録ネーム、本名まんまじゃん。味気ないね」
「別にいいだろ。そんなに使うかわかんねえし。白峰と黒川が凝り過ぎなんだよ」
すると、黒川は何も言い返さずに黙ってしまった。急に黙られると何か悪いことを言ったような気がして不安になるんだが…。白峰も助け舟を出してくれないし。
「緋山さあ、そろそろ苗字で呼ばないで、名前で呼んでよ。もう死線を一緒に潜り抜けた仲でしょ」
「…そうですね。私と千鳥さんは名前で呼び合うようなったのに、緋山さんは苗字で呼びますよね」
「うっ…」
思えば、他人を下の名前で呼ぶことは少なかった。同級生の男子ですら渾名のことが多かったし、女子に関しては精々「ちゃん」付けが精一杯だった。麻衣ちゃんとか。
そう言えば、ラスアリアでも女性のことはパーティーメンバーでさえ呼び捨てにしていない。名前長いメンバーだらけだったし。戦う際にコミュニケーションエラーが発生しかねないので。
「お前らそう言うけど、お前らだってオレのこと苗字呼びじゃねーか!」
「今から変えるよ、達也。ほら」
「えっと…、達也さん。あはは…、私、男の人のこと下の名前で呼ぶって始めてかも」
ほのかに赤く染めた頬を人差し指でなぞりながら、白峰はちょっとした勇気をだした。対する黒川は平然としている。
くっ…、退路を断たれた。こんなことならごねないでさっさと言ってしまえば良かった。ごねたせいで余計気恥ずかしい。けど、いい加減潔く良く覚悟を決めよう。勇者たる者、弱いところは人に見せてはいけないのだ。
少し息を深く吸って、噛まないようにはっきりと言う。
「ほたる、千鳥。…ほ、ほら、これでいいのか?」
「んふふ、なんかいいですね」
「ちょっと安心したかも。こんなに人間らしいとこ見えて」
二人とも若干にやけた面で、生暖かい視線でオレを見る。「人間らしい」とは、弱みを見せたということだろうか。止めてくれ、オレは勇者だ。人々を救う勇者が弱くあってはいけないのだ。
「うっせ、今日はもう寝る」
「ああ、拗ねちゃった」
「達也さん、かわいい~」
喧しい二人を無視して布団を被る。旅の一行が三人になってからは、オレは一人部屋で寝ていたのだが、今日はここで寝てやる。
ポケットに入れていたスマホが振動する。通知でも来たのかとスマホを見れば、傍に居る二人からメッセージが来ていた。
『ここまでありがとう これからもよろしく(*^^)v』
『コンビニからずっと助けて下さってありがとうございます
これからもよろしくお願いしますね』
オレは二人に一言一句同じ言葉を返して、瞼を閉じた。
『任せとけ。必ず平和な世界に返してやる』
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