第7話 モールDEショッピング
「くう…、麻衣ちゃん、なんでだよ~…」
一世一代の気構えで望んだ、告白という学生における重要イベントは、相手が逃亡するという情けない結果に終わった。傷は深く抉れている。放課後の夕焼けがムカつく位に眩しい。
「彼女なんて…、彼女なんて…!」
そうだ、学生の本分は勉強なのだ。目一杯勉強して、いい大学入って、それだってきっと幸せなはずなんだ。そう、それが理想なんだ…。
「はああああああああーーーーーーーー!!!」
クソでかい溜息を漏らす。この一回だけで、人生の幸せが全て逃げて行ってしまうんじゃないかって程の大きな溜息。もう何も考えらんない。ただ一つ言えることがあるとするならば、今は人生のどん底にあるだろうということ。
「やっぱり、花〇とか〇空みたいな恋愛ってないのかな…?」
ふらついた足取りのまま、横断歩道の信号が青になるのを待つ。すげえナーバスな気分だ。今なら痛々しいポエムの一つや二つ、すぐに書きあげられてしまいそうだ。
「おい!ボウズ!危ねえぞ!」
ふと耳に届く、何者かの警告の声。まさか、オレに向けてなのか?何事とかと右を見れば、
「え?」
大型のトラックが突っ込んできている瞬間だった。あっという間にオレは死んだ。
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ビル風にあおられて、黒川の髪がオレの顔に当たる。鼻がくすぐられて、くしゃみが出そうになってしまう。
「ハッ…!ハアッ…!」
「緋山さん!我慢、我慢!」
音をなるべく漏らさないように、白峰に手で口を抑えられる。何故、音を立てることに対して神経質なのか。それは、オレたちが隠密行動中だからである。
当然の話ではあるが、モールの出入口が一つな訳がない。多少の差があれど、原則二桁に近い出入口があるだろう。そのほとんどがゾンビに占拠されていたが、一縷の望みにかけて安全性の高い出入口を捜している最中なのだ。
「緋山、ここ行けそうにじゃない?」
「どれどれ…」
モールに侵入しあぐねること1時間程、立体駐車場に表面上はゾンビが居ないように見える出入口を発見した。いい加減に中に入りたいので、ここにしよう。
「行くぞ」
幸運なことに、中に入ってもゾンビに見つかることは今の所無かった。索敵は人間に軍配が上がるようで、先に発見したゾンビをアサシンのような動きで処理していく。因みに現在の装備はナイフだ。
さっきみたマップによると、このモールは駐車場、地下を含む六階建て。オレたちは五階から入り、今は三階にいる。目当ての携帯ショップは一階にある。
「今のとこ順調だな」
「そのナイフどうしたんですか?」
「空間魔法で。流石にこれぐらいの魔力消費は許容しないと」
「しっかし、ゾンビってのはニブチンなのか?」
黒川の言う通り、ゾンビには至近距離まで接近しても気づかれない。これに関しては今から検証してみよう。これからの動きを考えるのに参考になりそうだ。ファッションショップの方に都合よく一体孤立した奴がいる。お前が実験体だ。
まずはそこそこの距離で手を振ってみる。人間なら絶対に気付くが、対象に反応なし。次はもっと近づいて、マネキン越しに手を振る。対象からは見づらくなっているものの、普通に見れば気付くだろう。が、これも反応なし。
「全然じゃん」
「もはや目が見えないレベルだ。ならこれは?」
最後に対象が角を曲がった瞬間、オレもバッタリ鉢合わせるように曲がる。恋愛漫画のワンシーンのようだ。
「グガアアアア!!!」
「あ、ダメだった」
ということで戦闘開始。オレはナイフを逆手で持ち、ゾンビの脳天に突き刺す。順手なら可動域を、逆手なら威力を。ラスアリア時代の協力者の談である。ゾンビは痙攣の後動かなくなった。戦闘終了。
「流石にアレはダメか」
「ド近視っぽいですね。私と同じです」
白峰の眼鏡がキラリと光る。今の実験を冷静に分析していると、周りが俄かに騒がしくなった。どうやら、今の騒ぎを聞きつけたらしい。オレはナイフを剣に持ち変える。
「来てるよ。二体だ」
二体のゾンビは偶然にも二手に分かれるような形になって、オレたちを挟み撃ちにする。
「二人ともしゃがめ」
「?は、はい」
オレの言葉の通り、二人はその場にしゃがむ。二体のゾンビはほぼ同時にオレたちの居る場所に辿り着く。オレは剣を肩ほどに構える。
「グオオオオオ!」
剣を正面のゾンビの首目掛けて振り、そのまま剣の高さを保ちながら、右足を軸に回転する。剣は満月を描く。ほぼラグなしで二体のゾンビの首は飛んだ。
「おお~!これ、ゼル〇の伝説で見たことありますよ!」
「オレの異世界での仲間の十八番だったのさ」
しゃがんでいた二人は拍手をしながら立ち上がる。見た目が派手だからな、これ。
「ここを離れよう。気取られたかもしれない」
「了解。あそこに下に続くエスカレーターあるよ。止まってるけど」
これで三階とはオサラバ。二階に下る。降りてすぐにゾンビに襲われるということはなかった。
「どうしましょうか?」
「100円ショップってなんかあると思う?」
「まあ、行って見ればいいんじゃない」
100円ショップはこのフロアのエスカレーター近くにある。但し、今降りてきたエスカレーターとは違うものだ。100円ショップに辿り着くためには、80m程進まなくてはいけない。だが、その過程にゾンビも二体居る。
スニーキングミッションの要領で進んでいく。気分はス〇ーク、大佐の通信はない。
「ん、ちょっと待て。寄り道していいか?」
周囲を警戒しながら進む100円ショップの道すがら、オレが見つけたのはスポーツ用品店だった。ここなら確実にゾンビ作品定番のアレがあるだろう。二人も二つ返事で了承してくれた。
店内に入ってすぐ、お目当てのアイテムが見つかった。
「おっ、あったあった」
「金属バットですね」
「もらっていこう。武器になる。剣は目立つし」
オレは一本金属を持つ。ふむ、これは名刀だ…。コイツをダモクレスと名付けよう。オレの他に黒川も金属バットをもって店を出る。
さて、100円ショップへの道のりには、まだゾンビが二体いる。ダモクレスの試し斬りといこう。
背後から静かに手前のゾンビの後頭部を一撃。鈍い音が鳴った。さながら探偵漫画の殺人現場だ。ゾンビは簡単に動かなくなった。
「まって、もう片方は私にやらせて」
「え?大丈夫か?」
黒川の提案に戸惑うオレ。確かにコイツの金属バットの持ち方が、異様に様になっているが、相手が相手なので心配だ。
そんなオレの心はつゆ知らず、既にゾンビの後頭部へ殴りかかっている黒川。ゾンビは衝撃で前に倒れ込む。黒川はその隙を見逃さない。黒川はゾンビの頭をバットで殴り続ける。
「黒川、もう大丈夫だ。ソイツはもう死んでいる」
「ふう…。一丁上がりってね」
黒川の至る所に返り血が付いている。金属バットは真っ赤に染まった。怖っ、コイツ。逆らわんとこ。
目的への障壁は無くなったので、100円ショップに駆け込む。オレの頃にも100円ショップはあったが、現代のそれは随分品揃えが良くなっている気がする。
いくつか使えそうなものを持って店を出る。次はやっと携帯ショップだ。携帯ショップは一階にあるが、距離自体はかなり近くにある。
通路に出て、吹き抜けから下の階の様子を見る。一階には二階三階とは比べ物にならない量のゾンビがいる。これは今までのようにはいかないだろう。
「ここまで来たら、もう節約とかいいか。派手にぶっ放してやろうかな」
「いやいや、ちょっと待っててください」
そう言う白峰は100円ショップにあった防犯ブザーを取り出す。紐を引くと大きな音が鳴るタイプのものだ。懐かしい、小学校で下校の時に誰かがうっかり鳴らしちゃうんだよな。
白峰は防犯ブザーの紐を引き、喧しい音がなる。それを彼女は吹き抜けから遠くに投げる。すると、その防犯ブザーの方へとゾンビが群がっていった。
「やっぱり、ゾンビは音に敏感に反応するみたいですね」
「ほう、じゃあ、一つ防犯ブザーくれ」
オレは白峰から防犯ブザーを受け取り、白峰より遠くに投げる。ゾンビはそれに反応し、吹き抜けから見えるゾンビは居なくなった。
「よし、これなら。失礼」
「ちょっ!」
「急にどうしたの?」
オレは二人を両脇に抱えて、吹き抜けから一階に飛び降りる。着地の音をたてないように、風魔法でふわりと減速する。
着地して左手にすぐ、待望の携帯ショップが見える。オレたちは一目散に駆け込んでいく。白峰が歓喜の声をあげる。
「うわ~!スマホだ~!」
「ちょっと、静かにしなよー」
「えっ、今のスマホってこんなにでかいのか…」
「緋山さん、どれにしますか?」
「初心者に使いやすいやつで」
白峰はスキップでもしだすんじゃないかというテンションで店内を回る。黒川も自分のスマホを取り出して、合う充電器を捜している。…黒川のスマホの画面バッキバキだな。
「ここら辺がいいと思うんですけど、どれがいいですか?」
「わかんねえし、全部持って行ってくれ」
在庫が入っているであろうスペースに侵入し、使えそうな携帯を物色する白峰。折角だからと最新機種を取っているようだ。
しかし、ここで事件が起きた。
『ブウーーーーーーッ、ブウーーーーーーーッ』
携帯ショップのブザーが鳴りだした。さっきの防犯ブザーを遥かに上回る音量だ。思わず両手で耳を塞ぐ。
「どうしましょう!このままだとゾンビがここに来ちゃいますよ!」
「音源が何処にあるかわかんねえ!…ここいらが潮時だ!行くぞ!」
白峰が100円ショップから持ってきたトートバッグに携帯を放り込み、店を出てモールの出入口へ急ぐ。しかし…
「もうこんなにゾンビが…!」
「外にいた奴まで集まってきたんだ!」
モール出たオレたちに待ち受けていたのは、大量のゾンビたち。この状況を乗り切るのは、少々骨が折れそうだ。オレはバットを黒川に預けて、剣を構える。
「ここが正念場だ!気張っていこうぜ!」
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