第3話 されど彼らは踊る


 黒川はあまり喋らなかった。「ああ」とか「うん」みたいなから返事が多く、オレの身の上話にも一瞬正気を疑うような目を向けたのみだった。今は無心になってキックボードを漕いでいる。はっきり言って気まずい。


 そのまま黒川に連れられてそこそこほど。大きな倉庫を目の前に、黒川はブレーキをかける。


「着いたよ。ここ」


 改めてオレが先頭となり、倉庫へと進んでいく。周囲を巡り見つけた、倉庫の側面の人間用の扉に手を掛ける。辺りは暗くなり始めていた。金属製のドアノブが冷たい。


 少しドアを開けた瞬間から、生温い空気が漏れ出る。しかし、オレの意識はそこには向いていない。人間の怒声が聞こえる。オレがドアを開けると、押しのける勢いで黒川が入っていった。


「おい!早く離しやがれ!」


「んなこと言ったって無理なものは無理だ。それに彼女はこう言っただろう、ついてくるなって」


「お嬢は昔から無鉄砲なんだ!オレがいかねえと…!」


 中にいたのは、二十人弱の人間たち。その全員が生きた人間、避難してきた人たちだろう。


 しかし、その中で異様な場面が一つ。柱に縄で括られた柄の悪い男に、向かい合うねちっこい喋り方をするスーツの男。かなり揉めているようで、他の人間は遠巻きに怯えたような表情で二人のやり取りを見ている。


 黒川はそんな状況を見て、一目散に縛られた男の方へ駆けよっていく。


「トラ!」


「おっ、お嬢!無事だったスね!」


「アンタは無事じゃないじゃん!…なんでこんななってんですか?」


 黒川はスーツの男を睨む。凄い剣幕だ、ありゃカタギじゃないな。


「いやぁ、君が食糧調達に出て行ってからもうるさくてね。暴れだしそうだったからこうしたまでだよ」


「それにしちゃ怪我が多くないですか?一体全体どうなってるんです?」


「埃をはたいたまでだ。寧ろ、外に出さなかっただけ感謝してもらいたいものだ。お陰でここが埃っぽくてかなわない」


 青筋を浮かべて苛立っている黒川。後ろのトラと呼ばれた男も、食い殺さんとする目付きをしている。一方、スーツの男は腕を組み、貧乏ゆすりで地面を微力に揺らす。


 さて、どうにも蚊帳の外だ。一旦、ちょっと冷静になってもらうため、ここで割り込ませてもらうとしよう。


「すいません…、今来たもので、どなたか説明してもらえないでしょうか…?」


「おや、新顔かな?ようこそ、わが倉庫へ」


 オレの呼びかけに応答したのは、騒動の中心のスーツのおっさん。笑顔を浮かべてはいるが、貧乏ゆすりが止まっていない。


「えっと、これはどういう…?」


「ああ、ここはあのゾンビ共から逃げ延びた幸運な方を保護している倉庫。不肖ながら私がリーダーを務めている」


 いや、そこじゃねえよ。これはオレの言葉足らずか?それともおっさんの読解力不足か?


 白峰がオレの後ろに回り、盾にする。彼女の手が震えている。おっさんの巧言令色に恐怖を覚えたようだ。


「あの、どうしてお二人が喧嘩なさっているのか、お聞きしても?」


「…ええ、我々はここでアライアンスを組んでいる身。ならば、食糧問題は必ずしも発生する。なので食糧調達は当番制にしたのだが…、あのお嬢さんに番が回ってきた途端に騒ぎ出してね」


「おい!調子のいいことばっか言ってんじゃねえぞ!」


 冷静にしようとは一体何だったのだろうか。トラは更に怒りを増し、ジェノサイドが起こらんとする程だ。


「てめえ、他の奴は三人組で、お嬢の時だけ一人だったじゃねえか!おめえ、殺す気だったんじゃねえか!?お嬢の行き先だけ遠くにしやがって!」


「何の話かね。そのエビデンスはあるのかな?これは厳正なるミーティングの結果。輪を乱すような発言は控えて頂きたい」


 和睦の光明見えず、睨み合う両者。恐らくこの二人に平和的解決という道は既に失せた。これ以上は時間の無駄だろう。


 二人の言い分に確たる証拠はない。しかし、元はと言えば、オレは黒川の頼みでここに足を運んだ。なら、今回は彼女よりの行動をとらせてもらうことにする。


 オレはトラに近づき、空間魔法で取り出したナイフで彼を縛る縄を切った。久方ぶりの自由を手に入れたであろう彼は、跳ねるように立ち上がる。


「おっしゃあああ!!!これで自由!覚悟しろよ、てめえら!!!」


 危険因子の拘束が解かれたことにより、倉庫内に一層の緊張が走る。もう彼らに優位はない。スーツの男の顔が青くなっていく。


 このままなら行き着く先は血生臭い結末。その原因の一端はオレにあるが、流石に勇者としてそれは見過ごせない。オレはトラを制止するようなポジションに立つ。


「ああ!?おい、邪魔すんなよ!」


「ダメだ。みすみす殺人など見過ごせない」


「そっ、そうだ!その若僧の言う通りだ!人を殺して許されると思っているのか!」


 水を得た魚のように元気になるおっさん。余計な口を挟まないで欲しい。トラの拘束を解いたのは説教するためじゃない。これからに邪魔だと思ったからだ。


「トラ、それに黒川。ここを出ろ。ここはお前らの居場所じゃない」


「んなもん!言われなくったって、そうしてやらあ!けど、その前に落とし前つけねえと舐められんじゃねか!」


「ここはお前が生きてきた世界じゃない。郷に入っては郷に従え」


「はあ!?難しいこと言ってんじゃねえよ!」


 話が通じないと踏んだか、殴りかかってくるトラ。速く鋭く、腹部を狙う一撃、あからさまに喧嘩慣れしている奴の拳だ。


 だが、オレはこの一撃よりも速い攻撃を見たことがある。この一撃よりも巧妙な一撃を見たことがある。それでもなお、今この場に生きている者には、チンピラの拳が通用するわけもない。トラの一撃は空を切り、よろけた隙にオレは左手首を掴む。


「なっ…!」


「ここを出ろ」


 手首の掴む力を強める。その痛みで目の前の男は顔をゆがませる。そして数舜、鍔迫り合いのような牽制があった後、トラの目に諦めが見えた。力をスッと緩めると、勢いよく手を振りほどかれた。


「チッ…!じゃあな!精々無様にくたばれよ!」


 そう言って、トラはオレたちが入ってきた扉から出ていった。それに黒川が小走りでついていく。これでこの場は収まった。オレたちも追いかけるとしよう。


「よし、行くぞ。白峰」


「あっ、はい。私たちも行くんですね」


「ちょっと待ちたまえ!」


 スーツのおっさんに呼び止められる。大きな声を上げて多少の疲労を帯びた顔から、打算的なものが出てしまっている。


「彼のことは感謝している。どうにも彼らはこの場におけるプライオリティが分かっていなかった」


「…本題は?」


「君のスキルには感服した。ので、君にこの場で共同生活を送る許可を出そう。どうだ、悪くないオファーだと思うがね」


 どうやら、今の一連のやり取りで、オレに利用価値を見出したらしい。確かに彼から見れば、オレは快刀乱麻の活躍を見せただろう。


 しかし、悪いがお断りだ。どうにもこの目の前の男は、この状況でリーダーでいることに優越感を得てしまっている。彼には独裁者の才があるだろう。


「申し訳ないですが、お断りさせて頂きます。待っている人が居るので」


「なら、そいつも連れてくればいいだろう!」


「じゃあ、そうさせていただきます。では」


 そう言ってオレたちも倉庫を後にする。無論、この倉庫に帰ってくる気はない。頭があれだが、オレが居なくともこの倉庫は長い時間持つだろう。それよりもあの二人の方だ。


 倉庫から少し歩いたところで、先に出ていった二人は見つかった。二人とも表情が暗い。ちょっと声をかけるのに勇気がいるシーンだ。


「トラ、さっきは悪かった。あの場を収めるためにはあれがいいと思ったんで」


 そうオレが言うと、トラの表情は複雑そうなものになった。随分と葛藤が見て取れる。


「…いや、いい。オレも悪かった。つーか、おめえはお嬢の命の恩人なんだろ。寧ろオレは責任取んなきゃなんねえ」


「今は止めなさい。指の数は多いほうがいいでしょ」


「オレも気にしてないから、ヤメテ…」


 ホントにあっちの方の責任の取り方って指なのか…。急にこんなグロシーン、白峰に見せらんねえよ。


 と、脈絡もなくトラは土下座をした。この場に居る全員がその光景にギョっとする。


「お嬢の話によると、おめえ、相当な切れ者らしいな!その腕を見込んで頼みがあるだ!」


「えっ…、なに?」


「俺と一緒に事務所まできて欲しい!そこに置いてきたもんがあんだ!」


 耳を塞ぎたくなるようなでけえ声で懇願する強面の男。その表情は見えないが、本気で頼む男の顔だろう。ならば、オレはその情熱に答えなければならない。


 今の大きな声で、近くに居たゾンビがやって来た。その数三、全て正面から。オレの手には既に剣が握られている。そのまま奴らの前に出る。


 オレは三体のゾンビの首を一太刀で薙ぎ払う。そのまま、背後に居る全員にさっきのトラに負けないくらいの声でこう言ってやる。


「そのクエスト、承った!大船に乗った気で任せときな!」

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