第16話 母方の実家にて

やがて、僕らは一軒家へとやってきた。

大井神社から大して距離が離れている訳では無いそこが母の実家である。

築年数は、僕の倍ほどはありそうだが何度かの改築と修繕を行っている。

今も、外壁のペンキ塗りをしている初老の男性がいる。


「じっちゃん、来たよ」


僕がそう声を掛けると男性は振り返る。

白髪混じりの黒髪で、初老とは思えない程に整った体つきをしている。

一昔前までは宮大工をしていたらしい。

僕が物心着く以前の話だ。

彼が僕の祖父 川邉かわべいさおである。


「おお、宗か。

久しいのぅ。おっかさが中でお茶の準備をしとるでの。時間はあるだら?」

「あるよ、ゆっくりさせてもらうよ」

「宗から聞いてるに。

彩夏さんだっけか?」

「はい、神野 彩夏と言います。よろしくお願いします」


じっちゃんは、方言訛りが激しい。

まあ、僕は慣れているから大丈夫だけど。

彩夏も大丈夫みたいだな。よかった。


「まあ、狭いところだがゆっくりしていっておくれ」


じっちゃんは、そう言うと僕らを家へ入ることを促した。

ガラガラと音を立てて玄関の戸が開く。


「おーい、おっかさ。宗が来たに」


玄関先からじっちゃんはそう声を掛ける。

僕は、靴を脱いで上がる。

それに合わせて彩夏も付いてくる。


「先、仏壇に手を合わせてくるよ」

「わしは、おっかさのとこにいっとるわ」


じっちゃんは、そう言うと廊下を右に行った。

僕らは、左に進む。

廊下の左が大きな和室で仏間がある。

彩夏は、そわそわしていた。

僕は、仏壇の前にやってきて腰を下ろした。

仏壇には、いくつかの位牌が置かれている。

一番下段にある新しい二つの位牌に視線を向ける。


「母さん、父さん。来たよ。

えっと、彩夏…僕の両親。位牌もお墓も 島田こっちにあるんだ」


彩夏は、僕がそう言うと位牌に視線を向ける。


「初めまして、神野 彩夏です。

宗一朗『くん』と、お付き合いしています」


彼女がそう言うと優しい気配を感じたような気がした。

2人が微笑んでくれているような気がする。

僕は、蝋燭に火を灯し線香に火を点けて香炉に立てる。

そして、手を合わせる。

彩夏もそれに続いた。

そうしていると和室に白髪で初老の女性が入ってくる。

恰幅の良い女性だ。

彼女が、僕の祖母 川邉かわべ佐知子である。


「宗ちゃん、遠いところよーきたね」

「ばっちゃん、久し振り。

まあ、浜松からだとそんなには遠くないけどなかなかこれてなかったしね」


ばっちゃんの後ろにはじっちゃんもいた。

彼女は、お盆にお茶とお菓子を載せてきている。

そして、お盆を畳の上に置くと腰を下ろした。

ちょうど、僕らと対面になるように2人が座る。


「急に来てごめんね。二人共忙しいだろうに」

「構わんよ」

「先に、紹介するよ。

神野 彩夏『さん』。結婚を前提にお付き合いをしてるんだ」

「神野 彩夏です。よろしくお願いします」

「可愛いお嬢さんだね。あんたも結婚を考える歳になったんだね。出来りゃあ、あんたの両親に合わせてあげたかったものだね」


ばっちゃんがそう言うと彩夏の頬が赤くなる。


「宗ちゃん。私達うちらはあんたの両親ではないで好きにすりゃあいい。

もちろん、困ったことがあったらいつでもいいなぃ」

「ありがとう、ばっちゃん」


お盆の上には、黄色ぽい緑色の緑茶が注がれた湯呑が4つと小皿に黒い小粒な和菓子が乗せられていた。


「お、黒大奴だね。帰りに清水屋で買って帰ろうかと思ってたよ」


一口大の黒い楕円形の羊羹のようなお菓子。

上部には、ケシの実がまぶされている。

黒く艶々した表面には、昆布が練り込まれている。

中には、しっとりとしたこし餡が入っている。


「まあ、食べなぃ。お茶は、川根から届いたものだに」


川根茶。ばっちゃんの実家が川根にある。

彼女の兄が茶農家を継いでいる。


「牧之原のと違ってきいないのは、みるい芽を摘むし浅蒸しだら」

「確かに、深蒸し茶だとすっごい濃い緑色だもんね」


僕らは、お茶とお菓子を食べた。

和菓子はやっぱりお茶とのペアリングが最強だな。

でも、餡子ならアジア太平洋のコーヒーとも相性いいはず、お土産で買って帰って試してみようかな。


「ああ、そうだった。ほれ、篤子がつかっとった車の鍵だ」


じっちゃんが、僕に車の鍵を渡してきた。

そろそろ、2人の予定も近づいているのかもしれない。

じっちゃんもばっちゃんも交流センターで先生をしている。

2人共かなりの趣味があって、趣味が高じて人に教えられるレベルになっている。


「こないだ、車屋に整備出したから無茶な走りしんかったら大丈夫だら」

「ありがとう、大切に使わせてもらうよ」

「ああ、またいつでも来なぁ。もちろん、彩夏さんも一緒に」

「はい、宗一朗くんとまた来ます」


僕らは、一応の挨拶を済ませるのだった。





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