狂人(前半)

 両親のいる東京の実家へと向かった。

 今日は土曜だから両親それぞれが勤める会社は休みのはずだ。

 つまり今日は両親共々外出してないかぎりは家にいる。

 

 大丈夫だ、父さんと母さんなら絶対無事だ、絶対、絶対――。



 今、俺の視界に無惨な姿で倒れている両親の”遺体”があった。

 母は左半身を抉られており、父は下半身しかなく、少し離れた所に父の頭が雑に置かれていた。


 「あ…ああ……」


 目を背けたい一心で俺は体を丸める。


 「まただ…また失った…俺に残されているのなんて一つも……」


 俺は父から言われたことを思い出す。



 あれは確か、幼馴染を失ったばかりの頃、俺が人生で初めて”罪”を犯してしまった日の翌日だった。

 父は何かを察したように俺にこう言った。


 「本当なら父親として、広斗が犯してしまった罪を警察に自首して、一緒に償うことが本来親である私がしなくてはいけない、だが私には今の家庭をドブに捨てる覚悟がない、その時点で私は父親失格だ、お母さんはまだ気づいていないようだが、これからは広斗の罪を他の人に絶対にばれてはいけない」


 父はそう言って俺を抱きしめた。

 抱きしめながら父はずっと「すまない、すまない」と謝っていた。

 何もしてない父がなぜ謝るのか、当時8才だった俺にはわからなかった。


 父は俺を向いて言った。


 「いいか広斗、例え大切な人を失っても、その大切な人を奪った憎き人でも、自分を見失ってはいけない、殺しちゃいけない、確かにあの人は罪にとわれなかった、だからといって自身が殺人を犯すのももっと悪だ、今回は警察が広斗の犯行だとは気づかないだろう」


 父は続けて最後に言った。


 「でも、これだけは約束してくれ、どうか、どうかもう二度と、人を殺すようなことをしないでくれ」


 このときの父が俺に向ける悲しい表情は今でも忘れられない。



 父の言葉を思い出しても、俺の決心が揺らぐことはなかった。


 「ごめん父さん、俺の心はあのとき人を殺した時点でもうとうに汚れちまった」


 俺は両親の遺体とその一部をかき集め、寝室の所に移動しベットの上に遺体を綺麗に並べた。


 「父さん、母さん、俺を生んでくれてありがとう、俺を見捨てないでくれてありがとう、俺をここまで育ててくれてありがとう……」


 俺は両親の遺体に手を合わせた。

 長い時間俺は来世でも両親が幸せになれるよう祈り続けた。


 「父さん、母さん、先に逝っててくれ、俺もあとから逝く、とは言っても、人殺した俺は地獄行きだろうから一緒の所にはいけないか…」


 俺は実家を出て、町に蔓延る神らを根絶やしに回った。

 

 神とも似つかわしくない神らを屠り殺すが気持ちがすっきりしない、そりゃそうだ、こうして神を殺ってもとうに全てを失った俺には何も残らないし、報われもしない。


 「ギャフッ!」


 死ね


 「ハギャアアァッ!!」


 死ね、死ね


 「グヘエッ!!」


 死ね、死ね、死ね、死ね


 「ワラワラワラワラワラワラ!!」


 ゴシュッ!!


 「ワラ…ワラ…ワ――」


 ベシャッ!!


 あれから何時間経ち、何体倒してきただろう、履いていた靴も酷く破け足の指も足の甲も丸見え、服も返り血と破れた布切れが所々にある。


 『ははは!!ずいぶん派手にやったなあ呀嗟広斗』


 「うるせえ、悪魔風情が」


 俺はぼろぼろに破れた上着と肌着、靴も脱ぎ、辺りを適当に歩く。

 

 『言っておくが、いくら俺と融合してるからって体が強化されるわけでも、再生するわけでもないからな、君の場合元々神と殺り合えるだけの身体能力は持っているようだが、すでに身体に限界がきてるだろ?』


 「だからってなんだ?休めって言いたいのか?」


 『そりゃあそうだよ、君が死んじゃったらせっかく融合した呀嗟広斗の身体を手放さなきゃいけないからな、新しい身体を探すにも、俺と融合できる人間探すの大変なんだぜ』


 「そんなのお前には関係ねえだろ、俺は朽ち果てるまで糞神たちをぶっ殺すまでだよ、死んだとしても、俺はそれまでの人間だったってことだ」


 『失う者がない人を”無敵の人”と呼ばれる時期もあったが、君がまさしくそれに当てはまるね』


 「罪のない人を殺した殺人鬼と同じにするな、吐き気がする」

 

 サタンの言葉に苛立ちつつ、俺は次々に神らを殺していく、今のところ大学で遭遇した上級神のような神には遭遇してないが俺にとっては上級だろうが下級だろうが関係ない。


 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!!一匹でも多く神を殺してやる!!!


 ついにはサタンの声すらも聞こえなくなるくらいにまで狂い始め、俺の心は完全に神への”復讐”に染まる一歩手前にまで迫っていた。


 「……ちゃん…………やだ…やめて…………ちゃんを殺さないで!」

 

 どこからか断片だが女の子の叫び声が聞こえた。

 その声に俺は狂いつつあった意識が正気に戻った。


 どこだ?どこから声が?


 俺は全神経を耳に集中させ、耳を澄まして声の発生源を探る。


 「あそこか!」


 俺は声のする方向へと走る。

 声の元に近づくにつれ、だんだんと女の子の叫ぶ声が大きくなってくる。

 近くまでたどり着き、見下ろすとそこに瓦礫に埋もれた少女ともう一人…神に捕まり殺される寸前の少女が視界に入った。


 「お義姉ちゃんを殺さないで!」


 瓦礫に埋もれている方の少女がずっと神に叫んでいた。

 一方の掴まれている制服姿の少女はピクリとも動かず、生きているのかも怪しかった。


 『おいおい、行った方がいいんじゃあないの?君ならあの神1体ぐらい屁でもないでしょ?』


 「だまれ悪魔」


 そんなこと言われなくてもそうする。


 気づけば俺は少女を掴む神の左腕を無理やり引き千切り、少女を救出していた。

 一方引き千切られた神は余程痛かったのか、雄叫びを上げて必死に体を丸め藻掻いていた。


 どうせ再生するんだから痛がんなよ。


 俺は不意にそんな気持ちを抱いた。


 お前に殺された人たちの方がもっと痛かった!あんたよりもずっと!


 「ギャアアアアアアアアア!!!いだい!痛い!クソがあアアアアアアアア!!!」


 「ああ…うるさいうるさい…耳障りだ、はあ…」


 俺は引き千切った神の左腕を適当な方向に捨てる。

 すると脳内でサタンが急に俺の名を呼ぶ。


 「なんだ?」


 無視したかったが、一応俺はサタンに聞き返す。


 『君、助けるのはいいけど、体は大丈夫なのかい?』


 「ああ、わかってる……どうでもいい」


 『まあでもね、君の体はもう限界寸前だ、この体と融合してる俺だからこそわかるんだ、そのあれだ、俺が言いたいのは一つ、無理はするな』


 「……放っておいてくれ」


 俺は少女たちを襲った卑劣な神……内心クズ野郎を俺の視界に入れたくもなかったが殺すため視線を糞神に移す。

 案の定、左腕を捥がれたのが相当痛かったのか、神はブぢ切れた顔と怒りの眼差しを俺に向けていた。


 「誰だ誰だ誰だ!!??よくもよお!俺の腕引き千切りやがってよお!再生できても痛みはどうしようもねえんだよおぉ!!」


 別にいいじゃねえか、再生できるお前が羨ましいよ、俺がもしお前と同じ畜生だったらお前ら神々を殺し放題だからな!


 神は左腕を瞬時に再生させ俺を殺しにかかって来る。


 「死ねえ!!クソガキがあ!!!」


 俺は接近してくる神に対し、あえてこちらも神の懐まで近づき、神が俺を視認できてないうちに右足に力を籠め神の腹部を思いっ切り蹴った。


 「グバアッ!!!」


 神は蹴られた反動で血を吐き、遠くの壁まで吹っ飛んだ。

 壁にめり込んだ神は立ち上がりながら俺に恨みの矛先を向ける。


 「ググッ…クソがあっ……」


 神を蹴飛ばした右足と他の神を屠ってた時に使った両手がズキズキと痛みが強くなっていく。


 「ああ痛いなあ、さすがに怪物素手で殺るには負担が大きすぎたか……まあいい、今は目の前の糞神を殺ればいいだけだ、ああめんどくせえ……」


 「お前……よくもお楽しみを邪魔したなあぁ、ふざけんなよなあぁ……なあ!!」


 うるさいな、神ってのは品がないもんなのか?


 「うるさい、お前はさっさと死ね」


 少女たちを襲い、特に瓦礫に埋もれた少女にトラウマを植え付けようとした品性下劣なあの神を地獄の底まで叩き潰してやる。


 大学で上級神を殺った時と同様、全身のリミッターを解除し、少女たちを襲った憎き神を仕留めに掛かった。

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