職場にて

いつの間にか社会人になり、同世代だけでなく上下に幅広い年齢の人々と仕事上の付き合いが始まっていた。

それでも初恋の香りを特定する事が出来ず、時々思い出してはモヤモヤとした気持ちに苛まれていた。

あるとき重要な取引相手の上司の男性から、その香りがほのかに漂ってくる事に気が付き、予想に反して女性に特有の香りではないということが判明した。

ただ、立場的に直接無駄話を出来るような関係ではなく、またそれ程頻繁にお会いすることが出来るような相手では無かった事もあり、結局その香りが何によってもたらされているのかは判らず仕舞いであった…。

高梨さんから香っていた初恋の香りから、既に15年以上の歳月が流れていたのだが、まだ特定は出来ていなかった。

その後も街中や電車の中でハッキリと求めている香りに出会うことが有り、その香りを辿るとその発生源はほぼ女性に限られるということが判っていた。

しかし知らない女性に対して、何の香りなのかを聞くことはどうしても出来なかった。

時々思い出しては、香水などを確認するのだけど、やっぱり特定には至らない。

そうこうしている内に妻と出逢い、結婚し、娘も生まれた。

妻には『好きな香りがある』と伝えた上で、もしその香りと出会ったら、聞き出して欲しいと頼んでいたのだが、そもそもその香りに出会えるのはとても稀であり、なかなか妻と一緒に居るときに出会えるものではなかった。

デパートなどに付き添ってもらい、徹底的に香りを確認したこともあるのだが、どうしても突き止めることが出来なかった。

また女性用のシャンプーやリンスの可能性も考えられたので、有名な商品から、あまり有名ではないものまで含めて、幾つかの商品を購入しては自分で試してみた。

しかし、特定するには至らずに、時だけが無情に流れ去っていった。

そして初恋の香りを探し始めてから、いつの間にか40年もの月日が経過してしまった。

香りを特定するのがこれほどまでに難しいとは思ってもみなかった。

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