初恋の香り

高梨さんに抱き締められたとき、フッとそれまで嗅いだことのない良い香りがほのかに感じられた。

そしてその香りと高梨さんに対する甘酸っぱい失恋の出来事が強く結び付き、私の中で決して忘れられない思い出として焼き付いた。

高梨さんとはその後中学に上がっても、時々挨拶をしてニッコリ可愛らしい笑顔を返してくれるような良い関係を維持していたのだけど、クラスも変わり、諦めも付いたことで少しずつ距離が開いていった。

そしてやっと完全に失恋の痛みを乗り越えた後、また別の女の子の事が好きになり、その後の私の人生を大きく変える出来事に発展していくのだけど、それはまたの機会が有ればその時に…。

私はそれから街中などでふと高梨さんと同じ香りを感じる度に、その初恋の思い出が蘇るのを感じていたのだけど、すっかり美化されて良い思い出として変換されていた。

ただ、気になっていたのだ。

その香りは一体何なのかが…。

とても上品でほのかに香るその匂いは、恐らく香水なのではないかと当たりを付けていた。

しかし香りと言うのは実際に嗅いでみなければ判断できず、当然その香りの名前を確認し、それとセットで覚えなければ、判別することは出来ない。

そして香水の香りを嗅ぐためには、デパートの香水売り場などで片っ端から匂いを嗅いでみて、突き止める必要がある。

しかし男の私には、それはとてもハードルの高い方法だった。

香りはハッキリと判別できる。

しかし名前が判らない。

だからそれを手に入れることは難しい。

どうしても名前が知りたい。

そしてその香水を手に入れ、初恋の香りとして楽しみたい。

少しずつ大人になり、行動範囲が広がってきてデパートとは言わないまでも、香水のようなものを試しに嗅ぐことが出来るようになってきても、その香りの正体は判らないままだった。

街中を歩いているとき、ふとその香りが漂ってくることがある。

その時に友人などが側にいれば、「この香りは何だか判らないかな? 多分香水だと思うんだけど!」と聞くのだけど、私の友人は誰一人として候補を挙げることすら出来なかった。

それからも香りを試しに嗅げるような機会が有れば、可能な限り探すのだけど、どうしても見つからない。

『もしかしたら香水ではなく、シャンプーなんだろうか?』と思ったりした。

また『まさか家庭の匂いだろうか?』と思ったりもした。

そして『ひょっとして特定の女の子だけに現れる体臭なのでは?』と考えることすらあった。

その香りを漂わせているのは、その殆どが女性だったので、女性が身に付ける何かなのか、或いは女性に特有の何かなのではないかと確信していた。

それでもどうしても答えが判らないまま、歳月だけが過ぎ去って行った。

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