第37話 怪しい研究所へ

「ぎいいやあああああああああああ」


 おれは色々と後悔した。

 麗を助けに行く決意は変わらない。

 しかし、その研究所とやらに行くのには電車でもよかった。

 バスでもいい。

 最悪ヒッチハイクでも。

 なぜ、麗の姉の車に乗り込んだんだ。


「免許とったばっかりだから安全運転でいくわよぉ」


 そういった麗の姉の運転は、非常に荒かった。

 スピード違反。

 信号無視。

 とりあえず数々の違反をしまくっている。

 緊急事態だからといえば許してしもらえるわけではない。

 

 なによりも運転自体が異常。

 とにかくスピードを出すわ、急ブレーキ、急発進は当たり前だった。 

 たぶんおれは運転免許とらないわ。

 近所にこんなヤバい車があるなら、事故不可避。

 ってゆーか、麗がいる研究所まで生きてたどり着ける気がしねえ。

 

 途中で学校に寄った。

 姉の車から逃げるためではない。

 いや、そういう理由もあったけど。


 昨日の未来人麗からのダイレクトメールによると、持てる発明はすべて持てと書いてあったし。

 黒歴史消しゴムとかすべらないリップクリームとか、そういうのを持って、姉の車に戻るか、それとも別の方法で行こうかと考えた時。


「本野。どうした?」


 廊下でそう声をかけてきたのは、青山だった。


「ああ、青山か。いや、ちょっとな」

「なんか顔色が悪いけど、大丈夫か?」

「平気だ。おれ、急ぐから」

「松戸さんに、何かあったのか?」


 青山の言葉に、おれはぴたりと足を止める。


「えっ?」

「未来人のギャルって覚えてるか?」

「ああ、しってる」

「あのアカウント、昨日、突然消えたんだ」

「そうか」

「おれ、質問したんだ。今どこにいるんですか、って」


 青山は続ける。


「そしたら、未来研究所にいますって。それだけ。そこからアカウントが消えた」

「調べたら、けっこう近くにある研究所で驚いたんだろ」

「ああ。そういうこと。それに、あのアカウントって、松戸さんだろ?」

「うーん。どうなんだろうなあ」

「今のじゃなく、未来の松戸さん」


 そういった青山の目は真剣だった。


「とにかく、おれも本野といっしょに行くよ」

「いや……。危険かもしれないから。それに」

「それに?」

「麗の姉の運転まじでやばい」

「そうか。じゃあ無理だな。おれ、他人の運転だと車酔いするんだ」

「そのほうがいい……って他人の運転ならって……。まあいいや、じゃあ」


 おれはそれだけいうと走り出す。


「生きて帰ってこいよ!」


 背中越しに青山の声が聞こえた。



「ぎやあああああああああああああああ」


 カッコつけたけど。

 やっぱ麗の姉の運転は荒かった。

 ひどかった。

 これならジェットコースターのほうがまだマシ。


「あっ! おばあちゃん」

「轢くなよ! ぶっ!」


 途端に急ブレーキ。


「轢いてないわよお。そんなことするわけないじゃないのぉ」


 姉はそういうと、住宅街はものすごい速度で走り出した。

 そっと窓の外を見る。

 おばあちゃんは無事だ。よかった。

 


 そのあと、信号待ちでクラクションを鳴らしてきた後続車を煽ってビビらせ、山道で煽ってきた車を煽り返し、おれはただただ悲鳴を上げ続けた。

 山を越え、もう一つ山を登り、林を抜けたところで車は止まる。

 おれは車を降りると盛大に吐いた。


「この林の先が、研究所みたいねえ。あら、気分が悪いのぉ? 大丈夫~?」

「だれのせいだよ、だれの」

「わたしはただ安全運転をしただけよお。それなのに車酔いだなんて、乗り物しやすいのねえ」

「安全運転……?」

「いきましょう」

「え、お姉さんも来るんですか?」

「あたりまえでしょう。妹のピンチなのよ~」


 それだけいうと姉はずんずんと歩き出す。

 いや、気持ちはわかるが。

 危険人物が増えるだけな気がする。

 うーん、でも戦力と考えればいいのか。

 無理やり自分を納得させ、細い林の中の一本道を歩く。

 しばらく歩くと、開けた場所が見えた。


「わー、ずいぶんとおしゃれな建物ねぇ」


 隣で姉が驚いたような声を出す。

 おれも、「そっすね……」と建物を見る。


 研究所というから、もっとおどろおどろしい建物とか無機質な建物想像していた。

 しかし、目の前にあるのは、白を基調にした壁にワンポイントでナチュラルな木製のドアと窓いう森の中にあるオシャレカフェのような雰囲気だ。

 正面玄関はきれいに手入れされ、紅葉した低木が彩をそえている。


 だが、油断してはいけない。

 ここは研究所。

 麗をさらったのだ。

 学校だとうそをつき、住所もうそをついている。

 おれは大きく息を吐いてから一歩を踏み出した。



「ご見学ですか? あ、ご家族の方ですか。少々お待ちください」


 そういっておれと姉はちょこんとソファーに座る。

 堂々と正面玄関から入ってみたら、案外あっさりと通されたのだ。

 受付の女性が取り付いでくれている。

 どうやら周囲には警備員などもいないらしい。


「なんか……思ったよりもあっさりと入れましたね」


 おれは隣に座っている姉に話しかける。

 しかし、隣にはだれもいない。


「あれ?」


 辺りをキョロキョロと見回してみても、どこにも姉はいない。

 なんでこのタイミングでいなくなるんだよ……。


 まあ、そもそも姉がここまで大人しく来ただけでも驚いてはいる。

 だって車のまま研究所に突っ込む、ぐらいしそうなんだよな。

 麗の場所はわかっているらしいから、それを避けて脅しのつもりで建物ごとガシャーン、とか。

 なくてよかったよ。


 はあ、とため息をついていると女性が、「松戸さーん」と呼んだ。

 こちらを見ているのでおれのことらしい。

 姉はどっかいったからな。

 おれが受付の女性のところへ行くと、こういわれた。


「あの……。申し訳ありませんが、松戸麗さんはしばらく手が離せないということです」

「会えないってことですか?」

「そうですね」

「じゃあ、待ちます」

「二、三日は手を離せないということですが……」

「それ、本当に麗がいったんですか?」

「……はい」


 間があったな。

 おれは、ポケットに忍ばせてあったモテモテ香水を自分に吹き付ける。


「あの、本当のこと教えてくれませんか?」

「あっ。すてきな人……。あなたのためなら教えちゃおっかな」


 ちょろい……。

 いや、この香水がヤバいんだろう。

 麗の才能にちょっと引いていると、受付のお姉さんはいう。


「松戸麗さんには専門のスタッフが何人もついているし、SPもついているの。だから会えないっていったのは、スタッフのだれかだと思うわ」

「なるほど……ずいぶんと厳重な警備なんですね」

「そりゃあ、この研究所が一番、あてにしているのは松戸麗さんだからね」

「へぇ。じゃあ麗がどこにいるのかわかります?」

「知ってるわよ」

「案内してくれません?」

「えー、タダじゃいや」

「じゃあどうすれば?」

「このあと、デートして」

「いいですよ」

「わかった。着いてきて」

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