第33話 モテモテになる香水

「ねえ、君さあ、今からお姉さんたちとカラオケしない?」


 そういっておれを囲んでいるのは三人の女子。

 大学生だという彼女らはとてもきれいで、これからカラオケに行くところだそうだ。

 知り合いでも何でもない。

 コンビニへ行く途中で、声をかけられたのだ。


「え、あっと、その……」


 おれが戸惑っていると、お姉さんたちははしゃぎだす。


「照れちゃってかーわーいー」

「ねーねー、カラオケいこーよー」

「わたしたちが奢るからさあ」


 おれはとうとうお姉さんたちに腕を引っ張られる。

 

 これは、夢。

 ……ではない。


 なぜなら、引っ張られている腕がちょっと痛いから。

 おれはぽつりと小さくつぶやいた。


「やっぱ麗の発明ってすごいな」


 結局、おれはモテモテになる香水をつかったのだ。

 いや別に、モテたいとかじゃなくて。

 小説を書く時にモテる男の心理とかも、知っておいたほうがいいかなーって思って。


 ……まあ、モテてみたいという願望も本当はかなりあるんだけど。

 そういっても麗の発明だ。

 何かしらリスクがありそう。

 

 おれはお姉さんたちの、「カラオケ行こう」の攻撃を断り、コンビニへ。

 すると今度はコンビニ店員のお姉さんから、「あの、連絡先、交換しませんか?」と会計の時に小声でいわれた。


 逆ナンに続き、店員から連先を交換してほしいといわれるなんて!

 ファンタジーだと思っていたことが次々と起きている。

 すごい、すごすぎる!

 ちなみに連絡先は交換した。


 そんなわけで、コンビニのトイレで持ってきたモテモテになる香水をもう少しかけた。

 これで効果がまた強くなるはずだ。

 

「キャアアアアアア! 握手してえええ」

「わたしも握手とそれから写真とってええ」


 街でおれは、女性に囲まれていた。

 みんながおれに握手を、写真を、とねだってくる。

 モテモテというよりはもはやアイドル状態。

 青山って普段こんな思いしてんのか。ちくしょう。うらやましい。

 

 駅ビルを当てもなくぶらぶらと歩く。

 女子がこちらを振り返り、ポーッとした顔でおれを見ていく。

 声をかけてくる女性もいる。

 イケメンの彼氏を連れた女性が、おれに見とれているのは気分がいいな。


 そんなわけで、オシャレなカフェとやらで優雅にブランチといこう。

 今日は窓際に座っちゃお。

 オシャレなカフェでひとりで窓際でコーヒーとケーキ。

 普段ならそんなこと絶対にしないし、窓際に座った日には、通り過ぎる人間が、「あいつひとりで、しかも窓からこっち見てんじゃん。きっもー」といっているように聞こえる。


 だけど今日はちがう。

 女性はみんな頬を赤らめておれのことを見ていく。

 ああ、いい気分だなあ。

 おれがチビチビとコーヒーを飲んでいると。

 肩をトントンと叩かれた。


 振り返っておれは、悲鳴を上げそうになる。

 だって、立っていたのはリズリサの片方(どっちなのか見分けつかねえ)だったのだ。


「な、な、な、なんでこここに」


 おれが震える声でいうと、リズリサ(この際どっちでもいい)は口を開く。


「このカフェは、わたしのお気に入りですもの」

「そ、そうなんだ……」

「それよりも本野さん」

「はい、なんでしょう」


 おれが逃げるすきをうかがいながら聞くと、リズリサ(リサのほうか?)は、もじもじしながらいう。


「あの、今から、その、いっしょに、遊びませんこと?」

「は?」

「ですから……。わたしと、デートしていただきたいのです」


 そういったリズリサ(リズかも?)の顔は、真剣そのものだった。

 おれに地獄を味わわせることが趣味なリズリサとデートとか……。

 怖すぎて無理だ。

 新しいいじめか?

 あ、そうか、これもモテモテになる香水のおかげか。

 そう思っていると、「おい、リズ!」と男の声。

 リズだったらしい。

 そして、そのリズの後ろにはイケメンがいた。

 青山ほどではないが。


「おれとデート中に他の男口説くとかありえねえし!」


 え、デート中だったのか!

 イケメンはおれをにらみつけて続ける。


「しかもこんな底辺の成れの果てみたいな奴に声かけんな!」


 底辺の成れの果てみたいとかいうな!

 おめーちょっとイケメンだけど、青山と性格は真逆だな!

 そして、おれはなぜこんなに青山推しなんだよ!

 すると、リズは男にいう。


「ひどいですわ! こんなに素敵な本野さんのことを底辺の成れの果ての泥沼の顔みたいだなんて!」


 底辺の成れの果ての泥沼の顔みたいとはいわれてないぞ。

 新たに悪口を付け加えるなよ。

 さすが安定のリズさんだぜ……。

 おれがこの混乱に乗じて逃げ出そうとした時。


「もういい! リズとは別れる!」


 男はそういうと、カフェを出て行った。

 リズは、「望むところですわ!」と笑う。


「おいおい。追いかけろよ。彼氏だろ?」


 おれがいうと、リズはにっこりと笑って答える。


「だって先週付き合い始めたばかりで、今日初デートだったんですのよ」

「いやいや、それ大事な時期なんだろ」

「そんな浅い付き合いよりも、本野くんの素敵さに気づけたほうが大事ですわ」


 そういってリズはぴったりとおれにくっついてきた。

 ……あかん。

 これはあかんやつや。

 思わずエセ関西弁まで飛び出してしまう。

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