第32話 市民全員ぬいぐるみ化事件の真相

 こうして、麗の薬によりぬいぐるみになった人々は一日も経たず元に戻った。

 後から麗から聞いたのだが、「薬の効果が切れたみたいだねえ」といっていた。

 そして、これも後から聞いたことだが。

 麗の悪口をいっていたグループは、みんな転校した。

 四人もいて全員、だ。

 これは誰の仕業なのか、考えたくもない。

 

 ぬいぐるみにされたのはファミレス利用者(ドリンクバーを頼んだ者のみ)に限定されるが、繁盛店ということもあり、かなりの市民が犠牲になった。

 いや、まあ、みんな生きてるが(たぶん)


 そして、このぬいぐるみ事件以降。

 おれはこんがりテディベアと麗の姉がこわくなった。

 麗の姉のことは前々からこわかったが、より恐怖の対象となったのだ。


 麗は、陸上部をやめて離れの部屋で発明をすることが増えた。

 彼女がギャルデビューをしたのは、そのすぐあとのことだった。


「ギャルで天才発明発明家って、カッコよくない?」


 麗はそういって、活き活きと発明に没頭。

 おれはいつも実験台だが、こんな日々をもまあ、悪くないかなあって思うのだ。



「思わねえよ!」


 自分のその声で目を覚ます。


「あれ……。おれ、今どうなってるんだ?」


 体を見てもテディベアにはなっていない。

 スマホで時刻を確認。

 朝の六時。

 今は高校一年生。

 もう少し生き延びれば冬休み。

 中学二年生の九月一日はとっくに過ぎている。


「よかった……。夢で……」


 おれは心底ホッとした。


 二年前のあの日、麗とその姉が、おれを含めた市内の人間を無差別にぬいぐるみに変えた。

 それは事実だ。


 一時期、ちょっとした騒ぎにもなってテレビもネットでも「ぬいぐるみ事件」として取り上げられた。

 ネットで検索をすれば、「〇〇市ぬいぐるみ事件」という名称でいくつも当時の話が出てくる。

 その中には、「中学生の女子が関与している」という記事もあるが、「呪いではないか」とか、「奇病ではないか」とか、色々な憶測が飛び交っていた。

 現在は、「ぬいぐるみ事件」の賑わいもずいぶんと落ち着いたが。


 あの時おれは、とある掲示板の書き込みで、「ぬいぐるみ化事件に巻き込まれた」という市民を見つけた。最初はデマかと思ったが、書き込みを読んでいくうちに、これは本物だと思った。


 その人物いわく、かなりの人間がぬいぐるみ化したのだという。

 あの日はファミレスの夏のチョコレートフェア当日だったし、市内でイベントもあってその昼飯にあのファミレスを大勢の人が利用したらしい。

 つまり、おれが思っていた以上に、ぬいぐるみ化に巻き込まれた人間は多いのだ。

 掲示板に書き込みをした人物は、もしかしたら市内のほぼ全員がぬいぐるみ化したのではないか、といっていた。

 さすがに全員ではないとは思うが、それだけ大規模な被害だったということだ。

 そういうわけでおれは、あのぬいぐるみ事件を「市内全員が被害者」と大げさにいっている。

 そうすることで、麗が二度と同じ過ちを繰り返さないようにするためだ。

 まあ、ファミレスのドリンクバーに混ぜたのは、麗の姉だけどな。

 あの姉は、いずれ何らかの罪で捕まりそう予感がする……。

 おれはぶるっと体を震わせ、それから制服に着替えた。


 急いで階段を降り、ダイニングに入ると。

 だれもいなかった。

 あれ? もう朝の七時なのに妹すら起きてないのか?

 まさかと思い、スマホで日付を確認。

 土曜日だった。


「なんだよもー」


 そういいながらも、おれの心は途端に浮足立つ。

 なにしよっかなー。

 ダラダラゲームして動画見て、それから小説の推敲してー。

 そんなことを考えていると、インターフォンが鳴った。

 朝からだれだよ、と思って出ると。


「おっはー!」


 真っ白なコートにピンクのヒョウ柄のマフラーを巻いた麗が立っていた。


「おはよう。朝早くからなんだ?」

「翔こそ、制服着てどうしたの?」

「いや別に……」

「……さては今日は平日だと思い込んで急いで準備したら、土曜日だったってオチでしょ!」


 麗はそういって笑うと、「当たってるでしょー!」とはしゃぐ。

 朝からテンション高けぇ。


「だからどうした。おれのからかいにきたのか」 

「ちっがーう! そうじゃなくて、いい発明ができたんだ」

「別におれが試さなくても良くね?」

「試すってゆーか、プレゼント」


 麗はそういうと、赤とピンクのストライプ柄の袋を差し出してくる。

 思わずおれはそれを受け取る。


「いや、だから発明品だろ、これ」

「モテモテになる香水だよ」

「え?」

「モテモテになる香水! 吹きかければたちまちモテモテ」

「また怪しい発明だな……」

「あっ。かけすぎには注意してね」


 麗はそう付け加えると、「ばいばーい」といって去っていった。

 なんだったんだ。


 おれは麗から渡された袋に視線を落とす。

 モテモテになる香水、か。

 別に興味なんてない。

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