第31話 テディベア兄弟?

 麗は、薬を飲んだ人間が最後に見たぬいぐるみになるといった。

 つまりおれは、妹にプレゼントしたこんがりテディベアになったのだ。


 言葉での意思疎通ができなくなり、手の形と布と綿による力の入らなさで筆談もできず、かといってスマホも反応しない。

 そんなおれを、一番安全ということでおれの部屋に置いた。

 まあ、それが確かに一番いい。


「絶対にすぐに元に戻る薬、つくるからね!」


 麗はそういいのこして、自分の家に戻った。

 ベッドの上に置かれたおれは、あまり焦っていなかった。

 麗のことを信用していたのだ。

 きっと、元に戻る薬を完成させてくれる。

 だから、それまではこのままでいよう。

 何をせずにじっとしているのは暇だが、どうにもこの体は動くことに向いていない。


 そもそも、座った姿勢のまま固定だし。

 いや、足が可動式だから、動けるはずなのだが、うまく立てない。

 腕に力が入らないから、踏ん張ることさえできないのだ。

 そういうわけで、移動してパソコン操作したりゲームしたりするのはあきらめた。

 まあ、ボーッとするのもいいか。

 小説のアイデアでも考えよう。

 そう思っていると、「おにい! おにい!」という声と共に、部屋のドアがガチャリと開いた。


「ノックぐらいしろよ」

「おにい、セロハンテープ貸してー」


 おれの言葉は聞こえるはずもなく、妹は勝手におれの部屋に入ってくる。


「あれ、おにい、いない。まあいいか」


 妹は机の上のセロハンテープを持つと、ふとベッドに視線を向けた。


「あっ、これ」


 妹はおれの体を持ち上げる。


「こんがりテディベアだ」


 今のおれは、こんがりテディベアにしか見えないからな。


「おにいは、こういうの別に好きじゃないっていったし……。もうひとつわたしにくれるつもりだったのかも!」

「なんでそうなるんだよ」

「じゃあ、わたしの部屋にいこうねー。おにいの部屋、くさいから嫌だよねー」

「くさくねーよ」

  

 こうしておれは妹の部屋に連れて行かれた。

 そして、ベッドの上に乗せられたのだ。


「さーて、壁新聞作り再開しよーっと」


 妹が机に向かうと、棚の上のぬいぐるみたちが一斉にこちらを見た。

 こえぇぇ!


「あれ、こんがりテディベアじゃん」

「二匹もいるのかよ……厄介だな……」

「JSのベッドの上とか、最高のポジションを手に入れやがって……」

「一回、しめとくか」


 ぬいぐるみたちがそんな会話をしているのが聞こえてくる。

 妹が反応する様子がないところを見ると、ぬいぐるみの声は聞こえないようだ。

 しかし、ぬいぐるみの発言、物騒だな……。


「大丈夫だよ。あいつがしめてくれるよ」


 ひとつのぬいぐるみの声に、「それもそうだな」とか、「ああそうだった」とかぬいぐるみたちが納得しはじめる。


 なんだ、なんだ。

 おれはしめられるのか。

 そう思っていると、後ろから誰かにガシッとつかまれた。


 振り返れば、こんがりテディベアが立っていたのだ。

 おれが妹にプレゼントしたやつだ。

 ってゆーか、自立できるのか?

 しかも、首しめられてるんだが?

 結構すごい力。


「おい! おまえ、おれとそっくりだな!」


 こんがりテディベアがそういった。


「すっ、すみません。ちょっと訳ありで」


 おれの言葉に、こんがりテディベアはおれから手を離す。


「謝る必要はない! だって仲間ができたんだ! おれたちは兄弟もどうぜんだろう!」


 こんがりテディベアは、そういうと豪快に笑った。

 悪いテディベアじゃなさそうで安心。


「実はおれ、人間で、いろいろとありまして、こういう状態になっているんです」


 おれが事情を話すと、こんがりテディベアはうんうんとうなずいた。

 なあ、なんでそんなに首が自在に動くの?

 おれ動かないんだけど。


「そうか、わかったぞ!」


 ものすごいデカい声で、テディベアがいった。


「なにがわかったんですか?」

「トレーニングがしたいんだろ!」

「そんなこといってねえ!」

「まずは、腹筋百回……といいたいところだが、この体で自在に動く訓練が先だ!」

「どうやって動かすんですか?」

「気合いだな」

「なんかコツとか……」

「気合と根性があればできる」

「はあ……」


 おれは試しに足を延ばそうとしてみたが、まったく伸ばせる気配がない。


「ダメっすね」


 おれがいうと、テディベアは大声でいう。


「ちがーーーーう!」

「そんな、『あまーい』みたいにいわれても……」

「もっとこう、本気でやるんだ! おれが手伝ってやる」


 そういうと、テディベアは自分の両手をつかって、おれの足を引っ張り始める。

 ものすごい力で、足が引っ張られる。


「いてててて……痛覚がないはずなのに痛い気がする」  

「こりゃあ凝り固まってるな! もっと力をいれるぞ!」


 テディベアは、足を延ばそうと必死だ。

 なんか足、取れそうなんだが。

 これ、足が取れたらどうなるんだ?

 元に戻った時、足はあるのか?

 それとも、足はないまま……?

 そう考えると、あるはずのない心臓がドクドクと脈打つ。

 でてこないのに嫌な汗が吹き出している気もする。


「やめてくれえええ」


 おれは思い切り叫んだが、テディベアはやめない。


「弱音を吐くな! これは君のためだ!」

「おれは人間なんです! この体を壊すわけにはいかないんです!」

「ははは! だから壊れないように丈夫になるためには、足を動かせるようになることだ!」


 そういって、テディベアはおれの意見を聞こうとしない。



 こうしておれは、足を無理やり伸ばされたり、手を引っ張られたり、背中に乗られたりして、テディベアに散々、体をいためつけられた。

 テディベアいわく、鍛えているらしいが。

 おれは、手が取れたりしないか足がとれたりしないかハラハラして、生きた心地がしなかった。



 そんなことが夜中の間中も続いたのだ。

 自分で立つ訓練をするから、といってもなかなか立てないおれに、テディベアは、「おれが手伝ってやる!」と笑いながら、おれの足を引っ張りだすのだ。

 やめてくれ、やめてくれ。

 そういっても、「大丈夫だ」としかいわない。

 もはやこれは拷問。

 ぬいぐるみだから涙も出ない。


「さすがにちょっとやりすぎじゃないですかね」


 棚の上のぬいぐるみたちが、止めに入ってくれた。

 しかし、その声にテディベアはいう。


「心配ありがとう! 大丈夫だ!」


 テディベアは、そういうと豪快に笑って、おれの右腕を引っ張る。

 なんかもう右腕が心もとない。

 気のせいであれ。

 でも、もうやめてくれ。

 そういう元気がない。


 隣では、妹がすやすやと寝息を立てている。

 人間に戻りたい。

 ああ、そろそろ夜明けだ。

 窓の外を見てそう思った。

 麗、早く来てくれ。

 早く助けてくれ。

 もう、一晩ここにいたら、おれは体も心もどうにかなっちまう。


「ふんっ」


 テディベアが気合を入れる。

 それと同時。

 ブチッ。

 嫌な音がした。

 恐る恐る、自分の右手を見る。

 右腕が丸ごとなくなっていた。

 テディベアが、おれの右腕を持っていたのだ。


「ああ、悪い」


 テディベアの言葉と共に、おれはすべてを理解した。


「ギャアアアアアアアアアアア」


 おれは、過呼吸を起こし、テディベアから自分の腕を取り返そうとする。


「おれの、右腕、返せ、返せ」


 そういっても、テディベアはおれの右腕を持ったまま動かない。

 テディベアはぽつりと一言。


「左腕もいっとくか」

「は?」

「パーツがバラバラになれば、お前は捨てられる」

「え」

「『こんがりテディベア』はおれひとりで十分なんだよ!」


 テディベアが吠えた。

 それが、本音だったのだ。

 鍛えるとかいいつつ、実のところ、自分の二体目が気に食わなかったらしい。

 テディベアがおれの左腕に手をかける。


「やめろおおおおお」


 そう叫んだ瞬間。

 体がぐんと伸びる感覚がした。


「ん?」と妹が目を覚ます。

 そしておれを見るなり、叫び声をあげる。


「なんでおにい、いるのよ!」

「え、おれ、テディベアだろ?」

「なに寝ぼけたこといってんのよ!」

「おれの声が聞こえるのか?」

「嫌でも聞こえるのよ、早くベッドから降りて!」


 おれは妹にけり出され、全身が映る鏡で自分を見る。


 人間に戻っている。

 そして、右腕はちゃんとある。

 よかったああああ。

 おれは安心でその場で泣きそうになった。


 妹から再び蹴りを入れらそうになり、急いで部屋を出る。

 その直前、ベッドの上のテディベアを見た。


「覚えてろよ」


 おれはテディベアにいうと、部屋に戻った。

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