第30話 テディベア化

 ドリンクバーでメロンソーダをチョイスして、席に戻ったおれはいう。


「昼前だってのに、ものすごい混雑っぷりだな」

「そりゃあみんなお姉ちゃん目当てだもん」


 麗の言葉に、おれは店内を見回す。

 確かに男性客の姿が目立つ。

 このファミレスが異様に繁盛しているのは、立地条件とライバル店がいないというだけではない。

 麗の姉という店員みたさに押し寄せる客が多いからだ。

 おれは声のトーンを落としてからいう。


「そんなにモテるのかねー」

「だってお姉ちゃんは女神だし」

「女神、ねえ」


 おれはそういって、メロンソーダを一口飲む。

 麗の姉がこわいのは、おれの勘とか、なんとなく腹黒そうというふんわりとした理由ではない。


 たとえば小学校三年生の時に、麗を異様にライバル視した女子がいた。

 その女子の麗へのライバル視はどんどん黒いものになり、嫌がらせへと発展。

 麗が泣いて帰ってきたことで判明したのだが(母から聞いた)

 その一週間後。

 麗をいじめていた女子は、逃げるように転校した。


 さらに小学校五年生の時には、麗をいじめていた男子がいた。

 今回、麗の実験台になった男子でもある。

 あいつは、麗のことを好きなあまりいじめていた。

 はたから見ればそれがよくわかったのだが。

 しかし、麗にとっては迷惑でしかない。

 そして、麗は学校を数日休んだ。

 三日ほどして麗は学校に来ていて、ニコニコしていた。

「お姉ちゃんがもう大丈夫よっていってくれた」と。

 すると、今度は麗をいじめていた男子が学校に来なくなったのだ。

 一カ月くらい休んでいた。

 その男子は、ようやく学校に出てきたときはげっそりと痩せていて、うわごとのように何かの言葉をくりかえしていたのだ。

 もういじめどころか、麗のことを怖がるようにさえなった。

 ちなみにその男子は、こういっていた。


「マリアさん……すみませんすみません」


 マリアといえば、麗の姉の名前はマリアである。

 おれは、小三の時のことや小六のことを思い出すと、どうもあの姉が関与しているようにしか思えない。

 確か、何度かひったくり犯や痴漢を半殺しにしているし。

 いや、そういう社会のクズを退治するのはいい。

 しかし、なんだろうな、もう「自分とその家族に危害を加える存在をいためつけるのが趣味です」って感じなんだよ。

 そういう理由で、おれは麗の姉がこわい。


 めっちゃこわい。

 もちろん、おれは麗を傷つけるつもりはない。

 しかし、麗の姉が「麗を傷つけた」と勝手に誤解をすれば、おれも何をされるかわからない。

 だから、なるべくあの姉とは関わらないようにしたいんだよな……。

 そこまで考えていると、麗が口を開く。


「ねえ、ちょっと、頭……」

「ん?」


 そういえば、さっきから頭がむずむずする。

 麗が手鏡をこちらに見せてくる。

 おれは、持っていたグラスを落としそうになった。


 だって、おれの頭には、耳が生えていたのだ。

 きつね色の熊の耳が。


「これ、まさか」


 震えながらおれは、耳に触れてみる。

 引っ張ってみるが取れそうにない。


「これ、ぬいぐるみになる薬だ……。でも、わたしじゃないよ」

「だってあの薬は麗しか持ってないだろ」

「あの薬はあと二本、あるの」

「え」

「離れの家に置いてきた」

「じゃあ、泥棒なのか」


 おれがそういった時だった。


「ねーねー。君かわいいよねえ。今日こそおれと遊びに行こうよ」


 近くでそんな声が聞こえて、そちらを見ると。

 野郎四人に麗の姉が絡まれていた。

 麗の姉は微笑んだままだこう言い放つ。


「絶対に嫌よ、このクズ」


 すると、野郎の一人が、「なんだろこらぁ」と麗の姉のスカートをつかもうとした。

 しかし、途端に野郎はバランスをくずして床に転んだ。

 周囲から笑いがもれる。

 野郎はよろよろと体を起こしながらいう。


「なんだ、体に力が入らねえ」


 そういった野郎の耳には、狼の耳。

 しかも、手も既に人間じゃなくぬいぐるみと化している。


「おれの手がパンダみたいに!」


 別の野郎もそう叫んでいる。

 あれはまさか、ぬいぐるみ化?


「はーい。アツアツチョコレートパフェのお客様ぁ」


 麗の姉が、パフェをテーブルに置く。

 すると、麗が恐る恐る口を開いた。


「ねえ、お姉ちゃんさ、麗が今朝つくったぬいぐるみ化の薬……」 

「ああ、そうなのよぉ。あれね、一本、拝借したわぁ」

「それで、どーしたの?」

「うーん? ここのドリンクバーにねぇ、入れたのよぉ」

「ええっ! そんなヤバいことしちゃったの?」

「だってねえ……。ここの客、民度低いのよぉ。さっきみたいに変な絡み方してきたり、ナンパしてきたり、家族連れのくせに連絡先教えてっていってくる父親とかもわりといるのよぉ」


 最後のやべぇな。闇が深い。


「だからねぇ。ちょっとこらしめちゃおうと思って……」


 姉はそういってしゅんとした。

 日ごろからストレスもたまっていたのだろう。

 だけど、ドリンクバーに混ぜたら、おれのような善良な一般市民まで巻き込まれるじゃねぇか!

 ……怖いからいえないけど。


「そっかあ。お姉ちゃん、いつもバイト先の愚痴いってたもんね。しょーがないか」


 麗、甘っ!


「今度からは わたしの発明をつかう時は、どういうふうにつかうかいってね」

「わかったわぁ。麗は本当にやさしい子ねえ」

「お姉ちゃんに似たんだよ」

「うふふ。かわいいこといっちゃって」


 もうこの姉妹、ふたりそろってサイコパスなんじゃねーの?

 ああ、そういっている間に、おれの手がぬいぐるみ化している。

 きつね色の真ん丸な手。

 はて、どこかで見たような。


「ヤバいな、翔が大変。急ピッチで元に戻る薬を作らなきゃ!」


 麗はそういうと、立ち上がり、おれの腕をつかんだ。

 テーブルの上のパフェとポテトは既に空。

 おれもメロンソーダだけ全部飲んでしまった。

 ああ、飲まなきゃよかった……。

 でも、ドリンクバーが危険だとだれが思うというのだ。

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