第29話 麗の復讐

 始業式とホームルームを終えると、今日はもう帰宅。

 いつもこんなに早く帰ることができればいいのになあ。

 そんなことを思っていると、口論している声が聞こえてくる。

 何気なくそちらに視線を向ければ……。

 教室の前方で、女子が輪になっている。

 あれは……今朝、麗の悪口をいっていた連中だ。


「まさか」


 おれは輪の中心を見る。

 輪の中心にいるのは、麗だった。

 おれはそっと麗たちのほうへ少しだけ近づいてみる。

 すると、女子グループの声が聞こえてきた。


「あんたのせいに決まってるじゃない!」

「そーよ! 麗が飲み物おごってくれたあとにこうなったんだから!」

「しかも、あの缶開いてたし!」


 女子たちはお怒りだ。

 そして、怒りの矛先は麗。


 助けに入ったほうがいいんだろうか。

 おれは、自分でいうのもなんだが、臆病者である。

 チキン中のチキン。

 だが、さすがに今も仲良くしてくれている幼なじみのピンチを放っておけるほど薄情な人間ではない。

 こぶしをぐっと握って、女子グループに近づく。

 すると、その時、妙な異変に気付いた。


 おれに背を向けている女子――つまり悪口女子グループのひとりの頭が目に入った。

 その女子の頭には、丸いものが生えていた。

 クマ耳だ。

 視線をスライドして、その隣の女子の頭を見る。

 こちらはウサギ耳。

 猫耳、犬耳。

 悪口女子グループは、それぞれ頭に獣耳をつけているのだ。

 でも、リアルなやつじゃなくて、ぬいぐるみの耳のような出来。

 カチューシャとかだろうか。

 そう思っていると、女子のひとりがいう。


「だから、この耳は一体、なんなのよ!」


 そういって、女子は自分の頭にある熊耳を指さしていた。

 なに? これが麗のせいなのか?

 自分たちで好きでつけてるんじゃないの?

 そこまでして麗を悪者にしたいのか?

 

「おい」


 おれがさすがに止めに入ろうとして、麗と目が合う。


「あっ。翔」


 麗はそういうと、おれの腕を引っ張った。


「ちょっと待ちなさいよ!」


 悪口女子グループにそういわれて、麗はおれの腕をつかんで走り出す。

 すげぇ足が速い。

 そういえば、麗は陸上部だっけ。


 おれは麗に引っ張られるようにして、廊下を抜け、校舎を飛び出し、校門を出た。

 校門を出て、しばらく走ったところで麗が足を止める。

 おれは、もう息が苦しくておかしくなりそうだった。

 その場にしゃがみこんで、なんとか息を整える。


「運動不足だなあ、翔はー」


 麗はそういってケラケラと笑う。


「うるせえ……おれは……引きこもりなんだよ……」

「自分で認めてるよ」

「それより……さっきの、女子たち、頭に、なんか変なの、ついてたな」


 おれはようやく立ち上がった。

 麗は、「ああ」とうなずいて続ける。


「うん。あと二、三時間もすればぬいぐるみになると思うよ」

「は?」

「あの子たちにねー、『お詫びにジュース奢らせて』っていってね、缶に液体入れておいたんだー」

「液体ってなんだよ」

「ぬいぐるみになる薬!」


 麗はそういって、「イェーイ」とピースサイン。


「イェーイ、じゃねえよ」

「発明しちゃったんだよ。完成しちゃったんだよ、ぬいぐるみになる薬」

「それ、自分で試したのか?」

「わたしはなんか怖いから、別の人で試した。大成功だった」

「だれで試したんだよ……」

「小学校の頃に、わたしをいじめてた男子」

「ああ……。いや、よくないけど、まあいいや……。で、あの女子たちにその薬を飲ませたんだな?」

「そう。最初は耳が生えるの、で、次は手、胴体、足の順番」

「人間サイズのデカいぬいぐるみになるってこと?」

「そう。おもしろいでしょ」


 麗はそういって目をキラキラと輝かせた。


「デカいぬいぐるみ人間が増えるだけだろ」

「それが体のぬいぐるみ化が終わると、サイズが小さくなるの」


 麗がさらっと怖い発言をする。

 彼女は歩きながら続ける。


「小さくなるってどのぐらいなんだ?」

「まちまちなんだよね。だって、その人が最後に見たぬいぐるみになるから」

「じゃあ、すっげぇ小さくもなるし、デカいやつもいるってことか」

「そう。だからサイズはわからない。ただ、最後に見たぬいぐるみサイズになるとしか……」

「どういうサイズかが問題じゃなくて、体がぬいぐるみになるのが怖ぇんだよ」

「大丈夫、そのうち言葉をしゃべっても、人間には聞こえなくなっちゃうから」

「なにひとつ大丈夫な要素がねえよ!」


 おれがそういうと、麗はキッとにらんでくる。


「翔は麗の味方じゃないの?」

「おれは麗の味方だ」


 そういって、麗を見る。


「確かにあんなふうに聞こえるように悪口をいうのはまちがってる。麗に落ち度はない。告白されただけなんだから」

「そうだよね」

「だけど……。復讐ってレベルじゃねーんだよ! 下手したら捕まるぞ!」


 おれがそういうと、麗は驚いたような表情になる。


「えっ?! 何罪?」

「しらねーよ」


 おれの言葉に、麗は少しだけ考え込んだ。


「そうだよね……。確かにやりすぎだったかも……」

「いつもは実験台になるのはおれなのに、珍しく別人で試してるし」

「だって、翔にやるには危険すぎるし」

「ほら、自分で危険だって認めてるじゃねーか」


 麗が立ち止まる。

 生ぬるい風がざあっと吹いた。

 麗は、まっすぐ前を見ていう。


「しゃーない。元に戻る薬をつくってあげるか」

「それがいいよ」

「その前に、わたし、お腹べこべこのべこりんなんだけど」

「奢れないぞ。おれ小遣いピンチなんだよ」

「まだ1日なのに?」

「妹の誕プレだの移動代だの諸々でな」

「あーあ。しおりちゃんの誕生日かあ。わたしもなにかあげよう」


 麗はスキップしながら続ける。


「じゃあ、今日はわたしが奢るよ。ファミレス」

「おっ、いいのか?」

「いいよ」


 そういった麗の顔は、やけに晴れやかだった。

 復讐を終えた人間って、こういう顔をするのか。

 小説を書く時の参考にしよう。   



 麗と向かったファミレスは、駅前にあった。

 それまで、何食べよっかなー。しかもおごりかーとワクワクしていた心が急にしぼむ。

 ここのファミレスは、駅前という立地条件の良さ、加えてライバルになるような店がない(居酒屋は多い)ということもあり、繁盛店である。

 そして、このファミレスが繁盛店であるもう一つの理由は……。



「いらっしゃいませー」


 ふんわりとした声に出迎えられて、麗はぱあっと顔を明るくさせる。

 出迎えてくれたファミレス店員の顔を見て、おれの顔は曇る。


「あら、麗じゃないの」


 そういって微笑んだのは、現実味のない美しさと、慈愛に満ちた雰囲気をまとう女性。

 麗の姉である。

 パッと見は女神さまのよう。

 しかし、本性は腹黒い。

 あれ? おれの周りは麗以外はこんな女子ばっかりじゃね?

 まあ、それはそれとして。

 おれはハッキリいうと、麗の姉が怖いのである。 

 

 窓際の席に案内され、おれと麗は向かいあって座った。


「麗には、冬季限定アツアツチョコレートパフェがおススメよぉ」

「へぇ。じゃあ、それにしよっかな」


 麗と姉の会話に、おれはメニューを眺める。


「まさか翔くんもいっしょだと思ってなかったわぁ。翔くんは、まあなんか適当に選んでちょうだいね~」


 はいはい。

 ……まさか翔くんもいっしょだと思ってなかった?

 ああ、麗は先に姉にここに来ることを伝えていたのか。


「あれ? わたし、お姉ちゃんにここに行くこといってないよね?」


 麗が不思議そうに首をかしげる。

 一瞬、姉の笑顔がくずれた。

 いまヤバッって顔しただろ……。


「勘よ、勘~」


 姉がふんわりと笑って答えると、麗も笑う。


「さっすがお姉ちゃん」


 おい、麗、納得してんじゃねえ。

 なんかこの姉、麗に仕掛けてるぞ。

 発明とかするくせに、こういうところは抜けてるというか。

 姉に絶大な信頼を置いているというか……。


 結局、麗は冬限定アツアツチョコレートパフェと大盛ポテト。

 おれはドリンクバーとイタリアンハンバーグセット。


「麗はドリンクバーいいのかよ」

「チョコレートパフェとポテトでカロリー摂るから、これ以上はやめておくの」

「どうせ部活で運動するから大丈夫だろ」


 おれがそういうと、麗は曖昧に笑った。

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