第28話 プレゼント

「ようやく買えた……」


 おれは自転車を自宅の庭に止めると、カゴに入れていたカバンを取り出す。


 今日は8月31日。

 このくそ暑い、しかも夏休みの最終日に外に出ていたのには理由がある。

 今日は妹の誕生日だ。

 すっかり忘れていたわけではない。

 妹が欲しがっていた「こんがりテディベア」の発売が今日だからだ。

 なぜに夏休み最終日に発売、と思うが。

 まあ、そんなわけで、おれは目的のテディベアを買いに行った。


 だが近くの駅ビルには売っていなかった。

 正確にいえば、売り切れたあとだったらしい。

 近くにいた高校生らしき女子ふたりがそんな会話をしていたの聞いた。

 そんなわけで、駅ビルの周辺の雑貨屋、おもちゃ屋をまわったがなかった。

 別の物にしようか。

 そう思ったのだが、今年の春のおれの誕生日に、妹がおれにくれた財布。

 シンプルだがオシャレで気に入っているのだが。

 「あちこち探したんだから」と妹がいっていたのも、とてもうれしかった。

 おれも妹の誕生日に、喜んでもらおう。

 そう思ってテディベアを買おうと思ったのに。

 ふと妹の笑顔を思い出す。

 ここであきらめて別のプレゼントを渡したら、おれが後悔する。


「よし、いっちょ行くか」


 そういうと、おれは電車に乗り込んだ。

 電車に揺られること一時間。

 この辺では一番大きな都市へ着いた。


 駅ビルが連絡通路で三棟ぐらいつながっているここなら、あると思ったのだ。

 結果的に買えたのだが。

 すっげぇ探したし、すっげえ長い行列に並んだ。

 だから帰りは空腹&疲れで、ハンバーガーショップに吸い込まれるように入り、早めの晩御飯にした。

 よかった、今日は両親が家にいて。

 そう思いつつ、また電車で一時間揺られて最寄り駅に到着。

 自転車で20分かけて家に戻った時には、辺りは夕焼け色に染まっていた。

 

 ちなみに、おれが女子向けの雑貨屋に入れるのは、小説を書くための取材で何度か雑貨屋にもアクセサリーショップにも、服屋にも入ったからだ。

『黒ギャル探偵』の黒たまは、オシャレだからな。


 最初はかなり躊躇した。

 しかし、麗の発明「だれでもギャルになれるブレスレット」のおかげで、おれは他人からはギャルに見えるようになり、女子向けの店にも堂々とひとりで入れるようになったのだ。

 思いのほか、店の客ってのは他人を見ていない。

 だって自分が買いたいものに夢中だから。

 おれもその気持ちがわかる。


 ちなみに、誰でもギャルになれるブレスレットはゴムがちぎれてしまい壊れてしまった。

 麗は、「適当につくったからもう同じものがつくれない」とガッカリしていたが。

 おれには女子向けの店に入っても平気、という勇気を残してくれた。

 むしろブレスレットがないほうが目立たないので、ジロジロみられることもない。

 だから雑貨屋に男ひとりで入ることなんて、おれにとっては朝飯前なのだ。

 下着売り場だけは無理だが。あと水着とか。

 まあ、そういうふうに堂々と店に入る勇気をくれたのは、麗のおかげなんだよな。


 そんな麗は、一昨日以降、ちっとも姿を見せない。

 なにか約束をしているというわけではないが。

 おれはそう思って、隣の家を見る。


 隣の庭の隅に離れ家には、灯りがともったままだ。

 しかも一昨日からなにやら、変な音がしている。

 あの部屋は麗が発明品をつくる時にこもる部屋。

 つまり、何か発明をしている真っ最中ということだ。

 麗がずっとあの部屋にこもっているなんて、珍しい。


「まあ、元気になったんならいいか」


 おれはそうつぶやいて、家に入った。



 その日の夜は、妹の誕生日パーティーを開き、ごちそうとケーキがテーブルを飾った。

 おれのプレゼントであるこんがりテディベアを、妹はとても喜んでくれた。

「大事にするね」と笑ってくれたので、一日の疲れも吹き飛んだのだ。 


 次の日、学校に行けば麗が教室の隅でちょこんと自分の席に着いているのが目に入った。

 いつもだったら、女子たちと楽しそうに笑っているのに。

 今は麗はおれと同じぼっち。

 さぞかし寂しいことだろう。

 おれが少しでも元気づけようと麗の席に近づこうとすると……。


「本当、麗ってマジでうざいよねー」

「前々から空気読めないなーって思ってはいたけどさあ」

「友だちの好きな人を誘惑するとかありないんだけど」


 麗から少し離れたところで、女子数名がそんな会話をしている。

 これは……必殺・聞こえるようにいう悪口だ!

 面と向かっていう勇気がないから、徒党を組んで遠くから攻撃するしかできないやつ!

 麗の悪口をいっているやつらは、麗と同じように日に焼けている。

 部活が同じとかそういう類だろうか。

 それじゃあ教室でも部活でもこいつらと顔を突き合わせることになるんだな。

 麗、すげぇ最悪な状況なのでは?

 そう思って麗に声をかけようとした時。


 肩をたたこうとした手を、おれは無意識のうちに引っ込めていた。

 なぜなら、麗は自分の悪口をいう(元)友だちグループをじっと見つめていたからだ。

 麗は、そいつらを見て、にやりと笑っていたのだ。

 おれは何か嫌な予感がして、すごすごと退散した。

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