第27話 麗(中学二年生)の悩み
「もうやだああああ」
麗の叫び声が、閑静な住宅街に響いた。
「泣くこたないだろ」
おれがいうと、麗は、「泣いてないもん」と頬ぷくっとふくらませる。
しかし、言葉とは裏腹に麗の大きな瞳は赤くなっていた。
麗は真っ黒でサラサラなショートヘアに、黒目がちの瞳に通った鼻筋、形の良い唇に小さな顔、ちょっと日に焼けた小麦色の肌が健康的で、体は細いがスポーツ万能。
中学二年生の麗は、男女ともにモテていたのだ。
クラスの人気者で、勉強もできて運動神経も良い。
そんな麗が絶叫して泣く理由。
それは発明品だった。
「いやさあ、この『目カメラ』っていう発明はすごいと思う」
おれはそういうと、近くに建っている家の庭に咲く花を見て、まぶたを閉じる。
途端にカシャという音がした。
「スマホとかカメラがなくても、目の動作だけで写真を撮れれば、いつでも写真が撮れるじゃない」
麗はそういって、ため息をつく。
「確かに便利。しかも、目薬で点眼するだけでカメラ機能が備わる」
おれはうなずいてから、こう続ける。
「それが本当ならな」
「本当だよ!」
「だけど今のところ、まばたきをするとカシャって音がするだけの目薬だ。撮った写真が見られない」
「だからそれは、脳の手術で取り出せば見れるんだってば」
麗が、あっさりとそう答える。
「写真のためにわざわざ脳の手術受けるわけないだろ?! つーか手術はだれがやるんだよ」
「わたしは無理だから、おじいちゃんかな」
「つーか、写真を見るために脳の手術とかやっぱおかしいって」
「じゃあ、この『目カメラ』は失敗っていいたいの?」
麗はそれだけいうと、黙り込んだ。
背後でセミの大合唱が聞こえる。
「まあ、そうなるんじゃないか?」
おれはそういってから、自分の口に手を当てる。
まずい。
発明を失敗だなんていったら、麗が泣くかもしれない。
そう思って、麗を見ると彼女はおれに視線に気づく。
それからにっこりと笑ってこういった。
「そっか。じゃあ、失敗じゃないって証拠に翔が脳の手術、受けて?」
「さわやかな笑顔でいうセリフじゃねーよ」
「えー。いやだ?」
「当たり前だろ」
「じゃあ、手術受けなくていいからアイスおごってー」
「麗の中では、脳の手術とアイスが同レベルかよ」
おれは呆れながらも、麗を連れてコンビニへ。
中学二年生の夏休みも明後日には終わる。
麗は最近、気が向くと発明をするようになった。
でも、どれもへんてこで何の役に立つのかわからないようなものばかり。
変わった趣味だなあ、とは思っていた。
「明後日から学校かあ」
コンビニでふたりぶんのアイスを購入し、おれと麗は近くの公園のベンチに腰かけていた。
遊具がないこの公園は、ひからびた噴水としおれたひまわりの花壇があるだけ。
おまけに午後の日差しは容赦なく照り付けていることもあり、公園にはおれと麗のふたりだけだった。
「まあ、嫌だよな、学校」
おれがそういってアイスキャンディーをかじると、麗は黙り込んだ。
なんだかおかしい。
おれとちがって、麗は陽キャだ。
夏休みを堪能しつつも、なんだかんだで友だちの顔が見たいとかいって、学校に行きたがる変な人種。
友だちのいない引きこもりニート気質なおれからすれば、変なだけで。
麗からいわせれば、おれのほうが変らしい。
まあ、それはともかく、だ。
ここ数日――特に麗の元気がない。
いつもの天真爛漫な明るさがないのだ。
麗の頭上にどんよりと雨雲が覆っているような、そんな雰囲気。
今回の発明の「目カメラ」だって、なんだか突然つくって、外科手術が必要だなんていいだして。
そんなことは、発明をした時もしくは事前にわかることなんじゃないのか?
やみくもに発明をしただけなんだとしたら、麗は何か悩んでいるのかもしれない。
おれはそう結論を下して口を開く。
「あのさ、麗、なんか悩みある?」
「学校、行きたくない」
「まあ、おれも行きたくないからわかるけど、麗は友だちに会いたいとか思うんだろ?」
おれの言葉に、麗がうつむいた。
彼女が持っていたモナカのバニラアイスが解け、地面にぽたりと落ちる。
麗はいつも、「このモナカのパリパリがたまらない。バニライアスも最高」といっていったっけ。
それなのに、麗は今、アイスにほとんど口をつけていない。
そんな麗がぽつりとひとりごとのようにいう。
「会いたくない」
「え?」
「会いたくない……。みんな、友だちなんかじゃない」
そういった麗のこぶしが、震えていた。
話を聞いてみれば、単純なことだった。
麗は夏休み前にクラスの男子に告白され、それを断った。
すると、その男子を好きだった麗の友だち(今は友だちではないらしいが)が、嫉妬をしたのだ。
ライヌのグループメッセージで、麗に散々文句をいってきたらしい。
麗が反論するひまもなく、グループチャットからはずされ、ブロックされた。
そして、その元友だちは麗のグループのリーダー格だったらしく。
麗は、どの友人(元だが)に連絡を取ろうとしても、無視をされたらしい。
単純なことだが、非常に複雑だなとは思う。
あと、こういうのがあるから友だちってのは面倒なんだよな……。
ぼっちはそういう悩みがないからいい。
「告白してきた男子は、同じ陸上部なんだけど、ずっと『付き合おうよー』ってチャラくいってくるの」
「それをその友だちとやらにいってみれば? チャラいからやめたら? って」
「それがね……その男子、妙にズル賢いタイプで、わたしのいたグループの女子全員に根回し済みだったの。わたしのほうから告白してきたんだって、うそまでついて」
「はあ?! なんだそれ! 最低だな!」
「だよね……笑っちゃうよね」
そういった麗は、ちっとも笑っていない。
「アイツ、おれも知ってるけど気に食わなかった。クズ男って名前で呼ぼう」
「翔はよく名前しらないだけでしょ。ありえないよね。中学も二年生で夏になってるのにクラスメイトの名前も知らないとか」
麗がちょっと笑う。
「まあおれは、小説が命だからな。人間には興味ない」
「わたしも、そうなれればいいのになあ」
麗はひとりごとのようにいうと、空を見上げる。
おれも同じように空を見上げれば、入道雲が浮かんでいた。
麗が突然、「あっ」と声を上げる。
「あの雲、なんかテディベアみたい」
「……そうか?」
「クラスのみんなが、人間じゃなくてテディベアとかぬいぐるみだったら、ちょっと嫌なことされても許しちゃうのに」
「見た目の問題か?」
「見た目ってゆーか、わたしがぬいぐるみが大好きなだけだよ。見てるだけで癒されるんだもん」
麗はそこまでいってから、何かを考えこんだ。
それから溶けてしまったモナカアイスを一気に食べる。
「おい、大丈夫か?」
おれが麗に聞くと、彼女は勢いよく立ち上がってからいう。
「大丈夫。いい発明、思いついちゃった!」
麗はそういうとにっこりと笑った。
無理やりつくった笑顔ではない。
心からの麗の笑顔を見て、おれはホッとした。
だが、この時はまだ知らなかったのだ。
麗の発明のせいで、あんな恐ろしいことになるだなんて……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます