第23話 洗濯機の中の豪邸

「うおっ、なんだこれ」


 学校について、真っ先に行ったのは化学準備室Ⅱだ。

 もう、おれはここに登校しているといっても過言ではない。

 そんな本当の意味でのおれの教室、化学準備室Ⅱのドアを開けた瞬間。

 なんかデカいものが狭い部屋を占領していた。

 その機械の前には、麗が立っていて、こういう。


「あっ、タイミング良すぎ~。今完成したの」


 にっこりと麗が笑う。

 なんだかホッとする。

 姉とはちがう、心からの笑顔だ。

 ちょっと元気になったおれは、麗に聞いてみる。


「なにこれ」

「これはねえ。『心の洗濯機』だよ」

「なんか前よりデカくなかったな。洗濯機二つ…いや三つ分はありそうだ」

「だって二人同時に入れるようにしたんだもん」

「二人同時かあ」

「これで三分待たなくてもいいんだよ!」

「三分くらい待てるだろ」

「いや! わたしはタイパ重視の現代っ子だもん」


 麗はそういって首を左右に振る。


「それにー、パワーアップバージョンは、中での居心地がさらに良くなってるの」

「居心地っつーか、妄想だろ?」

「入ってみればわかるって」

「まあ、そのつもりだったけど」


 おれがいうと、麗はうれしそうに笑った。



 麗のいう通り、中は以前にも増して快適だった。

 なぜなら、洗濯機の中には豪邸があったのだ。

 映画に出てきそうな洋風の城のような外観の屋敷は、部屋数がバカみたいにある。

 そんなに広いなら、移動が大変そうだが。


 そこは妄想。

 ドアとドアがつながっているのは、隣の部屋ではない。

 ドアを開ければ、行きたい部屋につながる。

 リビングから寝室に移動したいな、と思ってリビングのドアを開ければ寝室に。

 寝室からトイレに行きたいな、と思えばドアを開ければトイレ。

 寝室から書庫に移動したいと思えば、ドアは書庫へつながる。

 すごいのは部屋だけではない。


 広い食堂には世界各地のコーヒー、ジュース、紅茶がそろい、コンビニの新作の飲み物なんかまである。

 日本、世界各国の料理と色々な店の料理も並んでいる。

 スイーツもある。

 しかもこれぜんぶ無料。おれの好きなものばっかり。

 まあ、おれの妄想だしな。

 あれ、でもおれが別に好きでもない料理やスイーツまである。

 まあいいか。

 

 映画は屋敷のシアターで見放題(観たことないのもある)

 本はおれの好みと、あと知らない本もちらほら。

 温泉、コンビニ、美容院、ネイルサロン。

 これらがすべて屋敷の中にあるのだ。

 あれ、ネイルサロン?

 おれは少しだけ考えてから、ドアを開ける。


 ドアの向こうは、ピンク一色の部屋。

 ぬいぐるみに埋もれた麗が、手を振る。


「あれ、なんでいるんだ?」

「だからふたりで同時なんだって」

「そういうことなのか。じゃあ、おれと麗は妄想の中でいっしょなのか」

「そゆことー」

「なるほど。それがわかったら安心だ。おれはコーヒー飲んでくる」


 おれはそれだけいうと、ドアを開けた。

 食堂で美味いコーヒーを飲んで、一息つく。

 ああ、癒されるなあ。

 ずっと、ここにいられたらいいのに。



「なんか今日は長くないか?」


 コーヒーを飲んで、漫画を読んで、昼寝(朝だけど)して、小説を手にとったところでおれはつぶやいた。

 書庫には、おれとそれから麗もいっしょ。


 そろそろ洗濯が終わって、外に戻ってもいい頃だ。

 この屋敷もとい空間に時計はないのだが、いつものパターンだとそろそろ外に吐き出されてもいい。

 おれは洗濯機の中では、いつも行動パターンが決まっていて、いつも昼寝して起きたところで外に出ているから、今日は少し長い。


「サイズ大きくしたぶん、時間も余計にかかるんだよ」

「ああ、なるほど」


 おれは納得して、本を開いた。

 やべっ、やっぱ面白いな。

 何度読んでも名作は名作だ。



「なかなか終わらないねー」


 麗が書庫のカウチでだらしなく横になりながらいった。

 おれは、本を閉じてうなずく。


「おれが文庫本を読む速度は大体一時間。つまり、もう二時間も洗濯は終わらない」

「洗濯ってゆーか、心の洗濯」

「どっちでもいい」

「それにしても長いねえ」

「さっき、デカくしたから時間もかかるって自分でいったろ」

「いったけどーこんなにー時間かかるのはー、おーかーしーいー」


 そういった麗は軟体動物のように全身気が緩みまくりでそういった。


「まさか、閉じ込められたとか、そういうことじゃないよな」

「だーいじょうぶだよー。安全装置……あれ、つけたっけ?」

「おれは知らんし。こっち見んな」

「つけ忘れたかも……」


 途端に麗の顔がサーッと青ざめる。


「え、じゃあ、やっぱりこれヤバい状況じゃねえか!」


 おれがそういった時。

 ふわふわと何かが飛んできた。


 シャボン玉だ。


 シャボン玉は、ふわふわと移動して、おれと麗のちょうど中間の場所でぱちんとはじけた。

 その時、すっと不安が消えた。

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