第20話 イケメンの裏
「心に余裕があるふりしちゃって……」
そういって鼻をフン、と鳴らしてきたのは姫宮林檎。
毒リンゴである。
「まあまあ、本野は最近、本当に心に余裕があるんだよ。ふりをしていたら、こんなに落ち着いた雰囲気は出ないよ」
青山がフォローを入れてくれる。
「なにかばってんの? 青山、あなたもしかして本野の仲間?」
毒リンゴが眉間に皺を寄せて青山に聞く。
「もちろん仲間だよ。本野はクラスメイトだし、もちろん姫宮さんもね」
「なんだかその事なかれ主義な発言が癪に障るわ……」
毒リンゴは、心底嫌そうな顔で青山を見たあとでポツリとつぶやく。
「ヒゲめがねさん」
その言葉に、青山の体がビクッと反応する。
そして青山の顔が途端に青ざめていく。
「おい、どうした?」
おれが驚いて青山に聞くと、彼は額に手を当ててから、答える。
「いや、なんでもないよ。ありがとう」
青山はしばらく目を閉じ、呼吸を整える。
先ほどの毒リンゴの発言にかなり動揺したらしい。
ヒゲめがねさん、ってどういう意味だ?
名前?
おれがそんなことを考えていると、姫宮は満足そうな笑みを浮かべてどこかへ行ってしまった。
「相変わらずだな、あの毒リンゴ」
おれが小さくなった毒リンゴの背中を見つめながらつぶやく。
すると青山が少しだけ笑っていう。
「毒、か。毒というよりは図星だよ」
「ん? なにが?」
「それより、昨日話した漫画、持ってきたよ」
青山がそういって、手提げ袋をおれに見せる。
「おお、それが例のめっちゃ面白くて泣けてそのうえ笑えて怖くて、最後はのけぞるっていう漫画か!」
「そうそう。すべての感情を抱ける作品はなかなかないよ」
青山はすっかり元の状態に戻り、ニコニコしながらそういった。
それからこう付け加える。
「貸すよ」
「えっ?! いいのか?」
「うん。その代わり、本野のおすすめの漫画を今度貸してよ」
「もちろん!」
おれはそういって漫画を受け取った。
心はほくほくと温かい。
気になっていた漫画を貸してもらってうれしいというのもある。
だが、なによりもクラスメイトとこういうやりとりができるとは思っていなかった。
心に余裕があるっていうのはいいなあ。
おれは、青山から借りた漫画を一気に読み終える。
昼休みの科学準備室Ⅱは、コーヒーの香りに包まれていた。
顔を上げれば、麗がフラスコでコーヒーを淹れている。
あれで逆惚れ薬とかいうのを作ってたことあったな……。
大丈夫なのか。
そんなことを考えていると、麗が口を開く。
「その漫画、面白いって有名なやつじゃん。じっくり読まなくていいの?」
「大丈夫。内容は全部頭に入った」
「あー、なるほど」
麗はそういうと、フラスコのコーヒーを自分のマグカップに注ぎ、次に来客用(おれしか使っていないが)のマグカップにコーヒーを注ぐ。
小さな冷蔵庫から牛乳を取り出し、マグカップに注ぎながら続ける。
「まず漫画の内容を頭に入れて、それで洗濯機の中でじっくりと読み返そうってことね」
「そう。何回でも読めるしな」
「わたしも真似しよーっと」
麗はそういうと、マグカップのカフェオレを一気飲みして、それから何かを取り出す。
DVDだった。
「映画を倍速で観てー。それで洗濯機の中でじっくり鑑賞しよーっと」
ご機嫌な麗に、おれは思う。
あの洗濯機さえあれば、おれも麗も、最高の高校生活……いや、人生が送れるんじゃないだろうか。
「えっ? 裏アカ?」
放課後の教室には、おれと青山のふたりだけ。
廊下で会話を聞いている女子がいないことも確認済み。
あまりにも青山が落ち込んでいるので、「大丈夫か? 話なら聞くけど」といってみた。
すると、青山はタイミングよくだれもいなくなった教室でこういったのだ。
「SNSのアカウントがバレたんだ」
青山のアカウントが学校中の女子に知れ渡り、おまけに他校の青山ファンもそれを知り、瞬く間に青山のアカウント通知の嵐(いいねやフォローなど)と大量のダイレクトメールで埋め尽くされたらしい。
さすがに青山もこの嵐にうんざりしているようだった。
「あれ? 前に見たけど本名でSNSやってなかったか?」
おれがそう聞くと青山は、辺りをキョロキョロと見回して、それから声のトーンをめいっぱい下げていう。
「それは表のほう、バレたのは、裏アカ」
その発言に、おれが驚いた、というわけだ。
世界イケメンランキングがあったら、100位ぐらいに食い込めそうなほどに生まれながらの整い過ぎた顔立ちに、長身・痩身で手足も長く、おまけに性格もひねくれてないうえに気配りができる陽キャの代表各みたいなやつも、裏アカとか作るのか……。
今度、小説のネタにしよう。
そんなことを考えていると、青山がでっかい溜息をついたあとで、こういう。
「裏アカは、もうこの際だから、本野にもいうけど、『ヒゲめがね』って名前なんだ」
「ヒゲめがね……どっかで聞いたな……」
「どうやら姫宮さんにもバレてるみたいだね」
「ああ、そういえば毒リンゴが今朝そんなことをつぶやいていたな」
「もうクラス中、いや、学校中にバレてるみたいだなあ。あーあ」
「ちなみに、裏アカ作って何をしてたんだよ」
おれの質問に青山は、「あ、えっと、その」ともじもじと細く長い指を交差させる。
「いいたくないなら別にいいけど」
「未来人」
ぽつり、と青山がつぶやいた。
「未来人? なにそれ? アイドルの名前?」
「いや、そのままの意味」
「未来人って、未来からきた、ってこと?」
「そう。これなんだけど」
青山はそういうと、自分のスマホの画面を見せてくる。
SNSのアカウントだった。
そこには、「未来人なギャル」というアカウント名。
ピンクのヒョウ柄のアイコンに、プロフィールには「天才発明家でーす」と書かれてある。
ピンクのヒョウ柄に天才発明家、そしてギャル。
これ麗じゃね?
「この未来人なギャルさんに未来のことを質問するとさ、なんでも答えてくれるんだ」
そういった青山の頬はほんのりとピンク色。
なんだか興奮しているらしい。
「……ふーん」
「ほら、今朝、本野に貸した漫画がアニメ化して劇場版の映画にもなって、実写映画、ハリウッド映画、さらには日本を拠点にして、世界のあちこちにあの漫画のテーマパークができるってのも予言してるんだ。しかもそれは――」
青山は興奮してしばらくしゃべり続けた。
まさか、本当にあのアカウントが未来人だと信じているのか?
面白い漫画がアニメ化して、海外でも流行するって、そんなのおれでもいえる。
ってゆーか、麗のイタズラ用のアカウントだろう。
そんなふうにいおうかと思ったが。
青山が楽しそうに語るので、やめておいた。
「でも、もうこの裏アカは使えないな」
青山がガッカリしたようにいった。
「別にアカウントなんかいくつも作れるだろ」
「このアカウントがバレたってことは、他にアカウントをつくってもどうせバレるよ」
「そもそも隠すようなことしてないだろ?」
「そうだけど……。このアカウントはあくまで『未来人のギャル』さんへの質問用であって、知っている人間に邪魔されたくなかったんだ」
青山はそこまでいうと、こぶしをぐっと握る。
「そうまでして、このアカウントとのやりとりを大事にしてるのか」
「おれの最近の唯一の楽しみだった」
「まじかよ」
今度はおれが頭を抱える番だった。
これは麗の罪がかなり重いのでは?
ってゆーか、もっと他に楽しみないのかよ!
まあ、青山は笑いのツボがズレてたし(古傷が痛む)、楽しいという感覚がズレてるのかもな。
それならそれで、ここはもう責任を取ったほうがいいのでは?
おれじゃなくて、麗が。
ため息しか吐き出さなくなった青山を連れて、おれは教室を出た。
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