第15話 やめられない、止まらない

 次の日の朝。

 おれは学校に着くなり、不良に絡まれていた。

 昨日おれをカツアゲした挙句(未遂だが)、黒歴史消しゴムを奪った三人組だ。


「昨日の黒い消しゴムさあ、すっげぇいいな。もっと欲しいんだけど」


 ……どうやら不良は黒歴史消しゴムつかったらしく、小声でそういってくる。


「そういわれても……」

「昨夜、日記つけててさあ、それで黒い消しゴムつかったら、いやな記憶消えてビックリよ」


 不良のくせに日記つけてんのか。


「んでさ、いろいろと書いて消したら、記憶ごと消えるからさあ。なんかやべー奴なんだろ、あの消しゴム」


 そんなヤベー薬みたいな表現すんな。


「でも」

「つべこべいわずに持ってこい」


 不良Bがおれの胸倉をつかんだ。

 おれは思わず、「はい……」と返事をしてしまった。



「不良に脅された?」


 休み時間に急いで化学準備室Ⅱへ行くと、白衣姿の麗がいた。

 事情を話すと、麗はなぜかうれしそうな顔をする。


「そう、だから黒歴史消しゴム、いくつかもらえないか?」

「大量生産できるようになったからいいよ。いくらでもあげる」

「ありがとう。恩に着る!」

「ふふっ」


 突然、麗が笑った。


「なんだ、どうしたんだよ」

「おもしろいことになってきたなーって思ってね」

「おれは不良に脅されてるっていうのに……」

「そうじゃなくて、これで黒歴史消しゴムは勝手に広まりそうだなあって思うと、ワクワクしちゃうんだよね」

「相手が不良でもか?」

「まあ、また絡んでくるようならいってよ」


 麗はそこまでいうと、開いていた分厚い本をパタンと閉じて続ける。


「その不良たち、社会的に抹消してあげるから」

「なにそれこわい」

「あっ、もちろん発明でね」


 麗はにっこり笑う。


「そんな物騒な発明はやめてくれ」

「うん。やんないやんない。うそうそ」

「心がこもってなさすぎるだろ」


 おれはそういうと、四つの黒歴史消しゴムを持って、化学準備室Ⅱを出た。



 さて、おれは今とても困っている。

 昼休みに不良たちに絡まれているからだ。

 それだけでも困るのに、なぜか不良たちは、口々にいう。


「おれ、お前に感謝する」

「おれも。マジ感謝」

「サンキューな」


 不良三人は、そういって馴れ馴れしくおれの肩を叩いてくる。


 なにがあった?

 おれは不良にお礼をいわれるようなことなんて……。

 なにもしてないけど、したのかもしれない。

 既に黒歴史消しゴムで消した記憶なら、覚えているはずがないのだ。


「いやあ、なにをこんなに感謝してんのか、おれもわかんねー」


 不良はそういって首をかしげる。

「おれも」と不良B、C。

 ますます意味がわからない。


 

 ようやく不良から解放され、廊下を歩く。

 首をかしげながら、自動販売機へと向かった。

 すると、突然女子数人にざっと囲まれる。


 え、なに?

 ブレザーのリボンが緑、ということは三年生か。

 三年生がおれに何の用だ。

 まさか、何もしてないのに痴漢とかいわれないよな。

 女子のひとりがおれにいう。


「ねえ、今日、クラスの男子に聞いたんだけど」

「な、なんですか?」


 おれがそう尋ねると、女子はキョロキョロとあたりを見回しながら続ける。


「あんた、黒い消しゴム持ってるんだよね?」

「えっ? ああ、はい、まあ」

「それ、ほしいんだけど」

「えっ? あれを、ですか?」

「うん。すっげーいいらしいじゃん。ぶっ飛ぶぐらいの快感だって」

「……そんな効果はないですね」

「その消しゴムつかうと嫌な記憶が消えて、気分爽快だって聞いたけど」

「それはまあ、そうですが」

「八個、用意できない?」

「えぇ。そんなに……」


 おれがそういってしぶっていると、女子はおもむろに手を握ってきた。


「ねえ、困ってるの。お願い」


 うるうると潤んだ瞳でいわれて、おれは後ずさり。

 くっ、ちょっとかわいいとか思ってしまった……。


「ね? わたしも気持ちよくなりたいの」

「やめてください。なにか変な誤解を受けそうな発言です」

「ふーん。強情なんだね」


 女子はそういうと、おれから手を離し、それから続ける。


「じゃあ、みんなでアレやっちゃおっか」

「そうしよそうしよ」


 女子たちは、そういうとおれの体をがっしりとつかんだ。

 なんだ?! なにをされるんだ?

 次の瞬間。


「ぎゃああああ~あっはははは~やめてええええ」


 おれの情けない叫び声が廊下いっぱいに響く。

 三年生女子の無数の手にくすぐられているのだ。


「わかりましたあああもやめてえええ」

「よし。頼んだよ」


 三年生女子から解放される。

 おれは、よろよろしながらも慌てて逃げだした。


 それから麗のところへ行くと、彼女は快く黒歴史消しゴムをくれた。

 黒歴史消しゴムを、待ち構えていた三年生女子たちに渡す。


「ありがと」


 三年生の女子のひとりが、そういっておれに近づいてくる。

 おれは反射的に後ずさり。

 またくすぐる気か!

 そう思った時。

 女子にギュッと抱きしめられる。

 香水の香りと、柔らかな体に包まれ、昇天しそうだった。

 この記憶は、絶対に消さないでおこう。

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