第14話 消しゴム強奪事件

「ねえ、翔さあ。黒歴史消しゴム使い過ぎじゃない?」


 ある日の昼休みに、化学準備室Ⅱで麗がそういった。

 おれはノートパソコンから顔を上げて答える。


「んなことねーよ」

「そんなことあるよ。だって、昨日のゴリ山の話を覚えてないとかありえないもん」

「なにそれ」

「ほらー! 昨日の帰りのホームルームのゴリ山の話は、今朝もちょっとしたうわさになってたくらいなのに!」

「おれ、クラスでしゃべる奴いねーし」

「そういうことじゃなくて、そんなに記憶消してたら生活に支障出ちゃうよ、ってこと」

「おれ別に生活に支障出てないし」

「それは自分が気づいてないだけなんじゃないのー?」


 麗はそういって心配そうな顔でおれを見る。

 いつも能天気な麗がこんなにおれを心配するとは……。

 そんなにおれは最近、会話がかみ合わないぐらいに記憶を消していたのか?

 そう思って、ペンケースから黒歴史消しゴムを取り出す。


 確かに、たまに使っている認識のわりには消しゴムが半分以上減っている。

 思ったよりもおれは、この消しゴムのお世話になっているらしい。

 さすがにヤバい気がする。

 このまま高校生活まるっと記憶から消しかねない。

 いくらぼっちで陰キャな生活を送っていようとも、おれの高校生活というのは大事な経験だ。

 ……小説を書く時に高校生活を消しゴムで消したからわからない、じゃ困る。


「つかうの、控えるよ」


 おれがそういったと同時に、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。

 そそくさと片づけをして、教室に戻った。




「財布、持ってんだろ?」


 ニタニタと不気味に笑いながら、不良三人組がおれを見る。

 放課後の校舎裏はやけに静かだ。

 だからこそ、ここで小説を書こうと思ったのに。


 今日は妹が放課後に家に友だちを連れてくるといっていた。

 別に、「家に帰ってくるな」といわれたわけではない。

 妹の友だちとうっかりエンカウントしてしまうのが決まずいのだ。

 兄らしく、「こんにちは」とかいえればいいんだが……。

 妹の友だち、つまり中学生女子にちゃんと挨拶できるとは思えない。

 どうせ噛んだり、どもったりして、妹の友人は引きつった笑顔で、「こんにちは」と返してくれて。

 そんで、妹にこっそり、「お兄さん、ちょっと気持ち悪いね」とかなんとかいって。

 それで妹が傷つくのを回避するためだ。


 しかし、不良に絡まれることは回避できなかった。

 つーか、想定していなかった。


「なあ、金持ってんだろ?」


 不良Aがいう。

 これがカツアゲというやつか。   

 財布には大した金が入ってないんだが……。

 おれは、いずれカツアゲをされるということまで想定して外ではあまり大金を持ち歩かないようにしている。


「飛んでみろよ」


 不良Bがいう。

 その台詞は早くね?

 おれ、まだなにもいってないけど?


「ほらほら、飛んでみろー」


 不良たちは、「飛んでみろ」コールを始める。

 え、なにこれ怖い。

 別の意味で怖い。

 おれは、しかたなくその場でジャンプする。


「なんも音しねえな!」

「つまんねー」

「もっとジャラジャラいわせろよ」


 不良たちはたいそうガッカリした様子で口々にいう。

 なにが目的なんだよ。


 すると、不良のひとりがおれの足元を見る。

 そして落ちていたものを拾いあげた。

 それは黒歴史消しゴムだった。


「なんだこれ」


 不良が黒歴史消しゴムを見て眉間に皺を寄せる。


「あっ! それは!」


 おれが慌てていうと、不良はニタリと笑う。


「そういやお前、麗ちゃんといつもいっしょにいるよな」


 不良Cがそういった。

 麗ちゃん?


「あー、あの不思議な小道具持ってる女子か」と不良A。

「じゃあ、この消しゴムも……」と不良B。

 やべぇ、消しゴムが奪われる流れだ。

 おれがそう思っていると。


「これで勘弁してやるよ」


 不良たちはそういうと、どこかへ行ってしまった。



 金じゃなくて消しゴム取られるとかありえねえ。

 まあ、麗の発明品はそれだけすごいってことだよな。

 それにしても、なんだったんだよ……。


 おれは溜息をつきながら校舎へ戻る。

 新しい黒歴史消しゴムを麗にもらおうと思って、化学準備室Ⅱへ行く。

 しかし、鍵がしまっていた。

 中に麗がいる気配はない。


「明日にするか」


 おれはそうつぶやいて、学校を後にした。


 なるべくゆっくり歩いて、途中で本屋やコンビニに寄り道して、妹の友人とエンカウントするのを避けた。



「あっ。もしかしてお兄さんですか?」


 家に着いたところで、そう声をかけられた。

 目の前を見ると、目を見張るほどのイケメンが立っている。

 映画とかに出てくる王子様みたいな顔立ち。

 現実にこんな顔面の奴っているんだなあ。

 感心したと同時に疑問が浮かぶ。


 どちらさま?

 家から出てきたよな?

 まさか、これが、妹の……。

 おれがぽかんとしていると、男子はにっこり笑っていう。


「ぼく、神崎かんざきといいます。しおりさんとは仲良くさせてもらっています」


 世界が、停止した。


 ちょっとまて。

 妹の友人って、男子だったのか?!

 あいつまだ中学生だぞ?!

 好きな男子のひとりやふたりいることはあっても。

 百億歩ゆずって、彼氏がいるにしても。

 家に連れてくるか?!

 しかも、両親不在の時に限って。

 ……まてまて。なにをしていたんだ、こいつ?

 途端に怒りが沸々とわいてきた。


「妹となにをしていた?」

「え? ああ、それは……」

     

 神崎とやらは、それだけいうと途端に焦りはじめる。

 それからこういった。


「秘密、です」

「なんだとおおおおお!!!」


 無意識のうちに叫んでしまった。

 そして、おれは神崎とやらに近づいていう。


「両親不在の家に、中学生がふたりで秘密だと? ふざけんじゃねえ!」

「あ、いや、えっと。すみません」

「こんなことなら、おれが家にいるべきだった!」

「そうですね。そうしたら、お兄さんもいっしょに……」

「ふざけんな! いっしょにって、いっしょにって、どういうプレイだよおおおおおお」 


 静かな住宅街に、おれの叫び声だけが響く。

 おれが目の前の野郎を、どうしてやろうか考えていた時。


「おにい!」


 妹が家から出てきた。


「お前は下がってろ。これは男同士の問題だ」

「神崎ちゃんは女の子だよ」


 妹がそういって、神崎を庇うようにして目の前に立つ。


「えっ?」

「はい。ぼく、神崎美織かんざきみおりといいます。一応、女子です……」


 申し訳なさそうに笑った神崎。

 彼いや、彼女はよくよく見れば女子っぽい。


「神崎ちゃんのこと、なんだと思ってたの? 友だちだよ」


 妹がそういっておれをにらむ。


「ショートヘアでハスキーボイスで、おまけに一人称がぼくだから、間違われるんですよ」


 神崎さんがフォローしてくれる。

 とりあえず、おれは謝罪をした。

 土下座もしようとしたが、妹と神崎さんに全力で止められたのだ。


 ああ、穴があったら入りてええ!

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