第10話 大炎上
明日から学校に行きたくない。
おれがすべったことでみんなヒソヒソやってるにちがいない。
ぼっちのままなら注目なんかされなかった。
だけど、すべらないリップクリームで一時的に人気者となったおれはちがう。
イヤ過ぎる!
なんなら今日で地球が滅亡してもいい!
おれが許す!
そうすれば、あのすべったことも、動画も全部消えるのに。
それができないなら、すべった動画を見た全員の記憶を消したい。
リビングのソファで後ろ向きモード全開。
いつも後ろ向きだが、今は後ろ向きというより闇モードだ。
すべらないリップクリームは、人気者になったところでやめておけばよかった。
小説の宣伝をしよう、なんて欲を出すべきじゃなかったんだ。
リビングでうだうだと考えていると、妹がテレビをつけた。
「あーもう、ありえない。なにやってくれちゃってんのー」
それはおれへの発言ではない。
テレビに向かっていっている。
「なんかあったのか?」
「あっ、おにい、いたんだ」
「……いたよ。ずっと」
「それがね、最悪なんだよ」
妹が溜息をついてテレビの画面を見る。
画面には、最近よくドラマに出ているイケメン俳優が映っていた。
次の日の朝。
教室に入れば、女子たちはおれの存在に気づいちゃいない。
耳を澄ませてみれば、こんな声が聞こえてくる。
「W不倫とかありえなくない?」
「しかも隠し子発覚とかさあ」
「それだけじゃないよ。今朝知ったんだけど、セクハラもあるんだって」
「うーわ、最悪じゃん!」
女子たちの噂の的になっているのは、ある俳優だった。
昨夜、妹がテレビを見てでっかいため息をついていたのは、この俳優の謝罪会見を見ていたからだ。
これがまたすごい。
ダブル不倫で隠し子も発覚。十股疑惑。
これだけでも話題に事欠かないのに。
おまけに今朝、共演者へのセクハラの疑いまで浮上したらしい(妹から聞いた)
この俳優は良い夫であり子煩悩というイメージがあったので、ファンも多かったことだろう。
しかも、今話題の恋愛ドラマに出演中で、人気はうなぎ上り……のはずだった。
その最中に、不倫、隠し子、十股、セクハラ疑惑だなんて、ヤバいだろう。
しかし、おれはこの俳優にこっそり感謝をしている。
だっておれの昨日のすべった動画なんてかわいいものだ。
ってゆーか、この俳優のやらかしのおかげで、テレビもネットもこのニュースで持ち切り。
微妙に拡散されていたおれのすべっていた動画なんて、ネットの大海原の底に消えた。
今はSNSの話題の中心はこの俳優。
いやあ、うわさの的になるかも……なんて心配して損した。
このほとぼりが冷めた頃には、おれの動画なんてみんな記憶の彼方に忘れ去っていることだろう。
うんうん、とうなずいていた時だった。
「ねえ、翔。なんでニヤニヤしてるの……?」
声のしたほうに視線を向ければ、そちらにいるのは……。
「え、麗?! どうした? 一日でやけに変わったけど……」
おどろくおれに、麗はこちらをぎろりとにらむ。
彼女は確かに麗だが、麗ではない気がした。
だって、髪の毛はボサボサだし、目の周りは真っ赤だし、肌もつやがない。
なによりも今日は制服のスカートはひざより下、白のソックスで、爪はネイルなし、化粧はしていない。
これはこれで昔の麗で、美少女の面影はあるけれど。
でも、この状態と表情の麗は美少女というよりは……。
「抜け殻」
「今なんつった?」
麗がつかみかかってくる。
めっちゃ狂暴じゃねえか。
なんだどうしたんだ?
「あんねー。麗ねー、
麗と仲の良い女子がそう解説をしてくれる。
渦中の俳優は「屋良樫太郎」なんつー芸名だよ、と思う
。
「ちっがーう! 屋良樫太郎はどうでもいいのっ! 屋良樫太郎が出てた刑事ドラマのシリーズが好きだったの!」
麗はそう叫んだ。
ああ、なるほど。そういうことか。
麗は物心ついた頃から、刑事ドラマが大好きだった。
麗が子供の頃にしていた遊びは、おままごとではなく刑事ごっこだったし(おれは犯人役)
そんなわけで、麗は今も刑事ドラマ大好き、サスペンス大好きなわけだが。
屋良樫太郎が主演で出ていたドラマにハマっているって聞いたな。
録画して何度も観てるって。
発明してるか刑事ドラマ観るかどっちかで休日が終わるって。
それは確かに、俳優のやからしよりもドラマが今後どうなるか不安になるよな。
「まあ、ほら、まだドラマのほうはどうなるのか決まったわけじゃないし」
おれがそういうと、麗はどこを見るともなく宙をにらみつけながらいう。
「新シリーズ制作中止、再放送も中止ってネットで見た。ああ、もう終わりだ、世界の終わりだあああ」
麗は大げさなくらいに泣き喚いた。
クラスメイトはなにごとかと麗をちらちらとみているが、だれも近寄らない。
麗はひとしきり泣いたあと、ハッと何かを思いついたようにいう。
「そうだ、世界を終わりにさせればいいのか」
その言葉は、クラスメイトからすればただの中二病患者のたわごとにしか聞こえないだろう。
しかし、おれだけは知っている。
麗には、彼女の発明にはそれができてしまう。
「よし、さっそく、作ろうーっと!」
急いで教室を出ていく麗の後を、おれは追いかける。
このままだと地球が滅びてしまう!
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