第7話 ちょwwwお前有名人じゃんwww
「ちょっとこれなに?!」
次の日の朝。
登校中にコートの裾を後ろから思い切り引っ張られた。
振り返れば麗が立っている。
今日は銀色の長い髪の毛(もちろん染めている)をツインテールにして、青いヒョウ柄のマフラーをリボン結びにして、この寒いのに短いスカートを履いているせいで生足が寒そうだ。
「なんかどっかで見たような髪型だな。それよりもう風邪はいいのか?」
おれがポツリとつぶやくと、麗はいう。
「例のエルフをリスペクトしてるから。ああ、風邪はいいの。あれは仮病だから。それよりこれ見て」
「おいおいサラッといったけど風邪うそかよ」
おれがぶつくさいうと、麗は無理やり自分のスマホを見せてくる。
ショッキングピンクにギラギラのラメのスマホケースが目に痛い。
画面に視線を向けると、そこに映っているのは……。
「毒リンゴだ」
おれがつぶやくと、「林檎ちゃんきゃわわ」と麗がとろけたような顔をする。
「そうじゃなくて、いや、林檎ちゃんは天使なんだけど。それよりも! このあと!」
動画にはおれも映っていた。
これ、昨日のカラオケの……。
本人の許可なしに勝手に動画あげんなよ。
すると、おれが動画の中でこういう。
『んな無茶ぶりされても困る』
途端に麗が大笑いする。
おれには面白く聞こえない。
なんの変哲もない会話だ。
動画で聞いても、リップクリームをつかっているおれ自身には効果がないのか。
麗はひとしきり笑ったあとでいう。
「この動画、めっちゃ拡散されたんだよ。ほら」
マフラーと同じ青いヒョウ柄のネイルが指さしたのは、画面の隅。
そこには五十三万という数字が表示されていた。
「なんか戦闘力みたいだな」
「これ、動画の再生回数だよ! フ〇ーザさまの戦闘力じゃないよ!」
「まじかよ……。変に目立ちたくないんだけどなあ……」
「とかなんとかいって、うれしそうだけど?」
「んなことねーよ」
おれはそういうと、大股で歩き出した。
図星だ。
やべぇ。おれのギャグが……リップクリームのおかげだけど、それでもあれが面白いと思われているから再生回数がすごいんだよな。
頬が勝手にニヤけていく……。
学校に着くと、「おい有名人」とクラスの奴らから肩を叩かれたり、小突かれたりする。
いじめじゃないよな? と最初はビクビクしたが、みんなおれに対して好意的だ。
「本当は林檎の笑顔がかわいすぎて動画にアップしたんだけどね、まさか本野くんのギャグのほうが注目されるとは思わなかった」
動画をアップした本人がちょっと残念そうにいった。
いや、そうじゃなくてさ……。
勝手にアップしちゃってごめんね的なのはないのかよ。
すると、「あっ、林檎おっはー。動画みたぁ?」と無断アップロード女子が姫宮に近づいていく。
「そういえば動画さあ、なんで勝手にアップしたの?」
姫宮が女子にそういった。
おお、そうだ。いってやれ!
毒リンゴの本領発揮だ!
「ごっめーん。でもさあ、林檎の笑顔かわいすぎて、この笑顔は広めたろって思っちゃった」
広めたろ、じゃねえ!
ぜんぜん反省してねえな!
毒リンゴいけー! おれの代わりに最高の毒を吐いてやれ!
おれがこっそり心の中で姫宮を応援していると。
「そういうことなら、まあ、いいけど……」
姫宮は毒気が完全に抜けていた。
それどころか、その横顔はちょっとうれしそう。
ええ……。いいのかよ……。
やっぱ陽キャの気持ちはわからねえな。
そう思って教室を出た。
「ねーねー! わたし、いいこと思いついちゃった!」
廊下に出た途端に腕を引っ張ってきたのは、麗だった。
「なんだよ、いいことって」
「ってゆーか、もうやっちゃった☆」
「やったってなにを?」
嫌な予感がして、麗を見ると彼女はスマホの画面を見せてきた。
「じゃーん! イソスタに翔のアカウントを開設してしまいましたー! わー、パチパチ! 拍手―」
「拍手じゃねえ! イソスタ? なんかシャレオツな写真ばっかりのあのSNS?」
「そうそう。それ」
「なんでおれのアカウントなんだよ!」
おれはそういって、麗が勝手につくったアカウントを見る。
アイコンの写真はオシャレなカフェのコーヒー。
プロフィールには、「最近うっかりバズっちゃった本野翔でーす。てへぺろ☆本人です」と書かれてある。
「おいおいおいおい! 本名じゃねーか! しかもなんだこのバカ丸出しのプロフィール文章! コーヒーもなんだこれどこのだよ」
「フリー素材の写真でーす」
「なんでわざわざ用意してんだよ。しかも『本人です』ってなんだよ。まるでなりすましがいるほどの有名人みたいじゃねーか」
「アハハ。でね、すごいんだって」
「スルーすんな」
「怒らないでよ、もう。みてよこのアカウント、フォロワーが秒で増えてるんだよ」
どいつもこいつも他人のプライバシー無視しやがって……。
ため息交じりにおれの(正確にはおれじゃないんだが)アカウントのフォロワーを見る。
既にフォロワーが千人を超えていた。
「ついさっきアカウントつくったばっかりですごくない?」
麗がうれしそうに続ける。
「あっ、千五百、二千も近いね」
「なあ。イソスタってさ、動画も投稿できたよな」
おれがいうと、麗は「できるよ」とうなずく。
「いいこと思いついた」
おれはそいういうとニヤリと笑った。
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