第6話 毒リンゴ
結局、昼休みは青山たちと昼飯を食べた。
常に面白い発言を求められるおれには、小説を書く時間どころかひとりの時間さえ与えられない。
でも、そういうのもいいな……と思ってしまうおれがいる。
なんか負けた気分だ。
何に負けたかはよくわからないけども。
「今日、なんだか元気ないね」
そう話しかけてきたのは、青山だ。
相変わらず他人のことよく見てるね。
他の奴はそんなこと聞いてこないのに。
「そんなことないよ」
おれがいうと、周囲は笑い出す。
青山は数秒遅れて笑う。
このタイムロス、もうなんか慣れたな。
笑いが脳みそに伝わるのが遅いとか?
青山、頭がいいけど笑いには鈍感とか?
そんなことを考えていると、隣のグループの女子がいう。
「ねーねー、今日さあ放課後にみんなでカラオケ行かない?」
おお、なんか陽キャっぽい会話。
女子は明らかに青山に話しかけているけども。
おれには縁のない話だなー。
そんなことを考えていると、青山がおれをチラッと見ていう。
「じゃあおれたち、もちろん本野くんもいっしょでいいよね」
「もちろん!」
女子グループはそういって笑った。
その途端、弁当のからあげが箸から落ちそうになる。
「おれもいいの?」
「もちろんだよ」と青山。
周囲はみんなおれの言葉に大爆笑している。
それから青山は、いつものように遅れて笑い出した。
あれ? なんだこの違和感。
そう思ったけど、なにを違和感として感じたのかよくわからない。
まあ、いいか。
カラオケ、楽しむぞー!
放課後のカラオケは、高校の近くの安くてドリンクバーが飲み放題のところだった。
制服姿でカラオケ、しかもクラスメイトとだなんて初めてドキドキしてくる。
何歌えばいいんだろう。
ああ、でもさすがに歌う時はリップクリームは拭いておいたほうがいいのか。
そう思って歌う前にトイレによってリップクリームを落とした。
これで普通に歌えるぞ。
まあ、どうせカラオケの最中なんかそんなに喋らんだろ。
「今日は本野くん、普通の話しかしないよね」
カラオケの最中、女子のひとりがそういった。
そりゃあリップクリームをつけてないからな。
「本野くんだって、普通の話をする時だってあるよ」
青山のフォローが入る。
こいつ、いい奴だなあ。
おれがジーンと感動していると、女子がいう。
「でもさあ、それじゃああんまり盛り上がらないよね」
別の女子にも加わる。
「そうだよ。本野が面白くないじゃ呼んだ意味ないし」
その言葉に、部屋はしんと静まり返る。
面白いから呼ばれたのは知っていたが、面白くなきゃ意味ないとか酷くね?
ちょっとおれ、便所で泣いてくるわ……。
つーか、リップクリームつけて「意味ない」っていった女子を死ぬほど笑わせてやる。
おれが立ち上がろうとした時。
「意味ないとかいいすぎ」
そういったのは、おれの斜め向かいに座っている華奢な美少女。
大きな黒目がちの瞳に小ぶりだが高い鼻、形の良いこれまた小さな口が、おれの右手に収まりそうなほど小さな顔に整って配置されている。
真っ白な肌に真っ黒な髪の毛は、ミディアムボブ。髪には艶のある証拠の天使の輪っかつき。
さながら現代版の白雪姫といったところか。
彼女は、
しかし、この外見に騙されてはいけない。
姫宮は毒リンゴを食べてしまう側ではない、食べさせる側なのだ。
だから、おれはこいつを心の中で、「毒リンゴ」と呼んでいる。
なぜなら……。
姫宮は、おれを見てニヤリと笑っていう。
「本野みたいな虫けら以下の存在に意味なんて求めるのがおかしいのよ」
はい、きた。
毒リンゴ発言。
「うっわ、林檎きっつ……」と女子。
「林檎、本野くんには厳しいよねえ」と別の女子。
「厳しいとかじゃなくて本野に興味がないの。道端の石ころのほうがまだ興味を持てるわ」
毒リンゴは、ふんと鼻を鳴らしておれから視線をそらす。
姫宮は、この外見なので男子からだけではなく姫宮は女子からも人気がある。
麗も、姫宮を気に入っている。
とても気に入っている。
もっといえば、高校に入学した頃に姫宮にターゲットロックオンして、隙あらば「抱っこさせて!」とか、「ちょっと頬ぷにぷにさせて」と追いかけまわしたことがある。
ぬいぐるみと人形好きな麗は、姫宮を人形かぬいぐるみのように扱った。
姫宮はたいそう迷惑だったのだろう。
今では麗の姫宮ブームも落ち着いているが。
ここ最近になってから、姫宮はおれにキツく当たるようになった。
おれは何もしちゃいないのに。
まあ、おおかたおれと麗が幼なじみだと知り、敵認定されたんだろうけど。
それにしてもいい迷惑だ。
いくら美少女でも毒を吐くのはごめんだ。
こうなったら、全員、笑わせて笑わせて歌えなくさせてやる!
そう思って、おれはカラオケの部屋を出てトイレへ。
トイレでリップクリームを塗り、カラオケの部屋へ戻る。
それから、おれはできる限り大きな声で、「ただいま」という。
すると、みんな大爆笑。
相変わらず青山は数秒のタイムロスがあるが。
そして、チラッと姫宮を見る。
姫宮はおれをにらみつけていた。
あれ? 笑ってない?
リップクリームの効果がない?
そう思った瞬間。
ぶはっと姫宮が吹き出した。
それから、ソファをどんどん拳で叩いて笑っている。
すっげえ笑ってんじゃん。
さっきにらんでたのは、笑いをこらえていただけか。
「林檎がこんなに笑うのレアすぎー」
女子のひとりが、そういって姫宮にスマホを向ける。
それから女子はおれにいう。
「ねーねー、なんか面白いこといってよ」
「んな無茶ぶりされても困る」
おれがそういった途端、周囲はどっと笑いだす。
なにが面白いんだかおれにはわからないから、なんかちょっと不気味だな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます