〈白い教会〉

 〈白い教会〉

 誰がそう呼ぶようになったのかは定かではないが、気付いたらそう呼ばれる様になっていた。

 しとかが初めてそこを訪れた時のあの警備員は、この時間帯には休みのようだった。

「普段は許可証と認証コードが必要になりますが、深夜帯は認証コードだけで入れるんです」

 ピッピッ、と認証コードを入力していく。

「将来的には許可証だけでの出入りを目指しているんですよ」

「許可証だけで、セキュリティーは守れるのですか?」

「許可証は住民用とゲスト用の2種類を用意します。住民の基本情報を元にして許可証番号と識別出来る様にしたいのが、今の課題です」

 ピピッ、と電子音が鳴り、ドアロックが解錠される音がした。

「では、ボクの後に続いて入って下さい。ドアが閉まったら内側からは開けられませんので」

 認証コードの入力画面を見てたしとかを急かすように、つかさが促す。

「この通路は〈白い教会〉の外壁の厚さとほぼ同じです」

「それじゃあ、随分と厚みのある外壁ですね」

「外壁の上でも屋外活動や交流の場が持てるようにと思ったのですが・・・。今更考えると、おかしな事ですね」

 カツカツ、と靴音が響き、前方の視界が開けてきた。

「・・・ここが、〈教会〉の内部」

「内部というよりかは、正確に言うと前庭です」

「・・・前庭?」

「今は、ブルーシートで覆っていますが、この道を挟んだ左右は、畑や花壇にする予定です。外壁に沿って水路も巡らせる予定になっています」

 つかさの説明を受けて、のどかは想像してみた。

 白い外壁に囲まれながらも、緑の芝生に四季折々の草花が咲き乱れ、水路にはチロチロと清水が絶える事無く巡り、畑には作物が実る。

「田畑を耕して作物を収穫する。収穫した作物を外部に向けて販売する。すると、〈教会〉と外部とで交流が生まれる。・・・まぁ、本当の事を言うと、これは隠れ蓑にすぎませんが」

「・・・隠れ蓑?」

「閉鎖しすぎても、開放しすぎても、世間から非難される。なら、ある程度の交流はあってしかるべきだと思いますからね」

 つかさの説明を聞きながら前庭を突っ切って行く。

「ここからが〈教会〉の内部、になります」

 前庭に入ると時と同じ様に、つかさが認証コードを入力していく。

『コード 認証中 認証完了 ロック解除』

「ようこそ、津雲さん。〈白い教会〉へ」

 外観が白いから〈白い教会〉と呼ばれているのかと思っていたが、どうしてか、〈白い教会〉の内部の白い廊下、両壁も白く、天井も。

「・・・白い」

「ええ、そうでしょう。外見でそう呼ばれていますが、実際、建物内も白いンですよ」

 2人分の足音が廊下の奥に吸い込まれていく。

 等間隔に天井に設置された蛍光灯が2人分の影を描いていく。

「津雲さん、どうぞ」

 つかさに促され、しとかは廊下の突き当たりの扉を潜る。そこに広がっていたのは・・・。

「これって・・・」

 廊下とは打って変わって、そこには大小様々なタンクが太さもバラバラな管に繋がれ、歪な形をした赤黒い物体がその中に沈んでいた。

「手前のタンクはまだ、成形が出来ていないモノを育成するための容器です。こちらの方がはっきりしていると思いますよ」

 つかさが指差したタンクを見て、しとかは絶句した。

 そのタンクには生後まもない赤子が浮ばされていた。

「彼女は、実験体2202と呼ばれているモノですが、ゆっくり過ぎる成形だったので、成長の見込みなしとなる所でしたが、どうにかあそこまで成長しました」

「・・・・・・・・・」

 赤黒い物体、実験体、成長・・・。

「これが、〈白い教会〉の本当の姿です。実験体2202が成長しきり、そのデータが採取出来れば、改良を進ませ、いずれは」

 そこでつかさは言葉を切った。

「いずれは、この都市の主要な存在になっていくだろうと考えています」

 そこまで聞いたしとかは、何故、自分がこの学園都市に招聘されたのか、その理由の一端を見せられた気がした。

「さて、津雲しとかさん。すでにここまでお話してしまったので、こちら、誓約書になりますが。署名、捺印をお願い出来ますか?」

「つまり、誰にも洩らすな話すな、という事でしょうか?」

 しとかの質問につかさは短く、ええそうです、と答えた。

 答えを聞いたしとかは、深呼吸をする事2,3回。意を決したようにつかささから誓約書を受取ると、手早く署名と捺印を済ませた。

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