待ち合わせとお誘い
「すみません、遅くなりました」
待ち合わせの場所には既に、約束をしていた人が立っていた。
「いえいえ、約束の時間まで、まだありますよ」
待ち合わせていた彼は、朗らかに答えると、しとかが転がしていたキャリーケースを受け取った。
「立ち話もアレですから、宿泊所に案内します。こちらです」
待ち合わせをしていた彼は、道すがら自己紹介をした。
名前は今治つかさ。ここが学園都市として急成長を始める前から住んでおり、人類進化学を研究している、と。
「着きました、ここです」
連れて来られたのは、教会からほど近く、発展途中にしては大きな建物だった。
「ここには、教会や学園から呼ばれた教育者や学者が仮住まいとして生活しています。えっと、しとかさんの部屋は」
広いエントランスの案内看板を見て、しとかの部屋を探していた。
「よぉ、今治。そっちが、例の学者センセ?」
「・・・お、椋田。あぁ、そうだ」
「初めまして、津雲しとかと申します。これ、どうぞ」
差し出された名刺を受け取った椋田は、へぇ、と感嘆した。
「今治とは違った分野のセンセか。オレは、椋田。こいつとは、大学院が一緒で、将来は、大学病院に勤める予定。まぁ、医者の端くれみたいなモンだ」
しとかは差しだれた椋田の手を握り返し、宜しくお願いししますと返した。
「しとかさんの部屋は、3階ですね。案内します」
「お、荷物ならオレも持つゼ」
しとかのボストンバッグを引ったくると、今治と並んで無垢だは歩き始めた。
そんな2人を見て、これからの生活が楽しくなるような気がしたしとかであった。
しかし、しとかが思っていたよりも、ここでの生活は決してラクでは無かった。
学園都市として未熟すぎるここは、毎日が挑戦と失敗の繰り返しだった。そして、他の学園都市と違う点を、しとかは、見つけ出していた。
まず、学園に通う生徒の数である。とても少ないのだ。
幼稚園から大学院まで揃っているこの学園なら、活気溢れるほどの人数がいても不思議ではないのに、少人数でしかも、学園として機能してからの人数の変動が殆ど無い。
幼稚園から最低でも高校までその人数で進み、大学で人数が増加する。それでもやっぱり、人数が少ない。
次に、都市の中心部に聳え立つ仮称〈白い教会〉。未だにしとかは入った事がない。月に数回の割合で車両が出入りをしているから、建物が機能しているという事は分かる。ただ、誰が〈教会〉内部で、何をしているのかは分からない。
前に、同僚の女性に〈教会〉内部について聞いてみたが、彼女もよくは知らないと言った。
「え。じゃあ、〈教会〉の内部は誰も知らないの?」
「知っている人はいるよ。今治さんは内部に専用の研究室を持っているし。椋田さんも自由に出入りしているしね」
「それじゃあ、何で私達には教えてくれないのかしら」
「さぁね。でも、不便じゃあないでしょ」
「不便じゃあないよ。でも、気になるじゃあない」
「・・・じゃあ、聞いてみたら?」
「え・・・」
「気になるなら聞けば良いじゃん」
でも、と言いかけたしとかを尻目に、部屋に備え付けられて言う電話が鳴った。
「はい、第3研究室・・・あぁ。はい、いますよ。はい」
「誰からですか・・・?」
「噂をすれば、よ。今治さん」
受話器を受け取り、耳に当てると今治ですと聞こえた。
『お忙しい中、申し訳ありません』
「いえ。一段落着いていた頃ですから」
『・・・・・・・・・』
「・・・・・・・・・」
『・・・・・・・・・』
「・・・・・・・・・?」
どちらも言葉を発する事なく、時間だけが過ぎていった。そして。
「『・・・あの』」
受話器越しに声が重なりまた、黙り込む二人。
「今治さんから、どうぞ」
『いえ、しとかさんから』
「ですが・・・」
『個人的な用件でお電話を差し上げたので、別の機会でも構わないので』
「はぁ・・・それじゃあ。〈白い教会〉について知りたいのですが」
『・・・〈教会〉について、ですか』
「はい。どうして、他の研究員には内部の事を話していないのですか」
『・・・今はまだ、知る必要がないからです。〈教会〉の機能はまだ、完全ではないからです』
「・・・じゃあ、完全になった時には教えてくれるのですか」
『はい、そこはお約束します。・・・こんな時に、言うのは我ながら卑怯な手段だとは思っているのですが』
「・・・?」
『食事に行きませんか?』
「はい・・・?」
『息抜きと都市の紹介をします。それと・・・先程の話の続きを』
話の続き。
この誘いを受ければ、〈教会〉の話が聞ける。
断る理由がない、としとかは判断した。
『どうですか?』
「はい、是非」
『それじゃあ、オススメのレストランをリストアップして、お送りしますね。では』
「はい、お待ちしています」
これで聞ける。
一番気になっていた、〈白い教会〉の事を。
しとかは、受話器を戻しながら内心ガッツポーズを決めていた。しかし、内心ガッツポーズを決めていたのは、しとか以外にもいたのだった。
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