第2話:お兄ちゃんは金髪あほんだら


...金髪...?...やめ..た?


琴海から放たれた5文字は、僕の脳みそを刹那的に破壊してきた。


何も考えられなくなった僕は、とりあえず訳を聞くことにした。


「ど、どうして?」

「イメチェン!!」


そう、即答されてしまった。また5文字で。


「私ねー、小5の頃から金髪続けてるでしょ?確か、お兄ちゃんに頼まれたんだっけ?

でも、そろそろ飽きてきたんだよねー。私も来年高校生だしさー」


こいつは何を言っているんだ?何故髪の色を変えたんだ?

今どきのガキは、飽きただとか、イメチェンだとか、そんな簡単な理由で金髪を捨てるのか?

何故わざわざ、その綺麗な髪の輝きを捨てようとするんだ?

全く理解できない。


こいつは時々とち狂ったことをしてくる。

頑張ってクリアしたゼルダの伝説のセーブデータを、「空きデータがないから」という理由だけで消してきたり、ドクペの資金にするためにと僕の本を勝手にメルカリに売られたこともあった。


だが全て許してきた。

今後もどんなことをされようが、ことみの気持ちを尊重し、許すつもりでいた。


しかしそれは、ことみが''金髪''の''妹''であったからこそ許されてきたのだ。


こいつは今、その特権の1つをイメチェンという下らない動機で捨てやがった。

そう考えていると、今まで許せてきたことにも段々と苛立ってきた。


こんなにことみが愚かだったとは...


そして怒りや落胆で身体中が熱くなるのに反し、僕のことみへの愛はほぼほぼ冷めきっていた。


(これが俗に言う恋人マジックか...)


魔法が解けてきて、一気に疲れはじめた僕は興奮気味に話していることみの言葉を遮り、仕返しの気持ちも混じえて、琴海にこう言い放った。


「別れてくれ」

「ふぇ??」


唐突にそう告げられ狐につままれたような顔で声を漏らした琴海は、ただ呆然と立ち尽くしていた。

床には、唾液でベトベトになった春巻きが貼り付いていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


11月2日.a.m4:20

「お兄...ちゃん...」


妹の琴海は、2階から聞こえてくる兄の声を聴きながら情事に至っていた。

昨晩の兄は疲れていたのか、家に帰ってきた時には既に寝てしまっていたため夜の営みを行えなくて溜まっていたのだ。


「ぁ...あ.......んっ!!...」


「はァ...はぁ...」


情事を終え少し息を整えた頃、兄は下におりて台所に向かっていた。


私の自慢の彼氏であるお兄ちゃんは料理がとっても上手なのだ!


(今日の弁当はなにかな?...)


弁当の具材が気になりはしたが、琴海は部屋から出なかった。

昨日髪を染めてから兄にはまだ見せれていなかったので、少し緊張していたのだ。

結果、匂いから推測することにしドアに近づいていると、


「今日は琴海の好きな春巻きにしようかな...」


と言う兄の独り言が聞こえてきた。


「春巻き!!?」


まさかの特大大当たりの春巻きである喜びが、琴海の先程の緊張を完全に吹き飛ばし、気づいたら兄に飛びついてしまっていた。


急接近した私に驚いた将一は注意でもしようとしたのか、私を腕、胸、顔という順に見回し、顔から視点が上に向かったところで身体の動きが止まった。


(ん...?...ああ!)


「金髪やめた」


(そうだそうだ。髪染めたの言わなくちゃ。)


少し正気に戻った琴海は、さっきまでもっていた緊張も同時に取り戻し、恥ずかしさがバレないように淡々と伝えた。


「ど、どうして?」


兄はかなり戸惑っていた。そりゃあ、昨日の朝まで金髪だったのに、急に黒髪に変わっていたら驚くか。まあ大した理由でもないんだよなー。んー...


「イメチェン!!」

うん。これがしっくりくるかも。


「私ねー、小5の頃から金髪続けてるでしょ?

確か、お兄ちゃんに頼まれたんだっけ?

でも、そろそろ飽きてきたんだよねー。私も来年高校生だしさー」


兄はまだ固まっていた。が、気にせず続ける。


「金髪ってキレイだけど、子供っぽく感じ取られない?私ももう高校生だから、少しは大人っぽくならないと。」


「もーっ。感想はー?」

「もしかして、照れちゃってるぅ?」


全く兄の耳には届いてなかったようだ。

あまり似合わなかったとか.....まさかね。私が可愛くないわけないもんね。

今日の朝も私でシてくれてたみたいだし。


そう思いつつ、琴海はまだ作りかけだった春巻きを口に放り込んだ。そのとき、


「別れてくれ」

「ふぇ?」


唐突にそう告げられた私は、床に落ちた春巻きを気にすることもできずに、ただ立ち尽くしていた。


ん?別れる...?

誰が?

私が? お兄ちゃんと?

?????????

ぇ?

最近なにか気に障るようなことした?

いやないはず...

強いて言うなら金髪から黒髪に変えたくらいだが...まさかそれくらいで別れるなんてね...


お兄ちゃんは、髪に恋してたんじゃなくて、私が大好きだったんだもの。


そうだ。お兄ちゃんは私が大好きだ。何かの手違いだろうし、いつもみたいに頭をお兄ちゃんに寄せれば撫でてくれるはずだ。


「またまたーっw」


パンッ!!!


まるで風船が割れたみたいな破裂音が台所に響き渡る。

冗談をからかうように頭を出した琴海だったが、兄はその琴海の頭を思いっきしひっぱたいたのだ。


「っ!!」


私は思わず後ろに仰け反り、床に落ちていた春巻きを踏んづけてしまった。

だが、そんなことよりも、兄が本気で別れる気だと言うことに琴海はショックを受けた。


「い...痛いっ!...」


「寄るなっ!!!」


兄は本気で怒っていた。


「本気...なの...な、なんで...?」


「お前が黒髪だからだ。」


全く自分に非がないと豪語するかのような兄の態度に、琴海は本気で困惑した。


え...?髪の色を変えただけで??

髪なんて私の一部分でしかないのに...


意味がわからない...。私はお兄ちゃんが小6の時坊主にしていた頃があったけど全く気にならなかった。すぐ好きになれた。お兄ちゃんが厨二病とやらに罹って、無駄に高いスカルのネックレスを買っていた時も気にしなかった。むしろちょっと、メタルバンドが好きになった。

私たちは血まで繋がった仲なのに...どうして...

どうして...お兄ちゃん..


お兄ちゃんのバカ...アホ...

なんで....


悲しみと怒りが入り交じった琴海の心は増幅していけばしていくほど怒りが勝り、琴海は思わず叫んでしまう。


「お兄ちゃんのぉ.......あほんだらぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


「うわぁぁぁあああん!!!!;;」


そう泣き叫んだ琴海はせめてもの仕返しだと言わんばかりに春巻きを頬張り、泣きながら部屋に戻って行ってしまった。












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