第271話 中二病、拾いました

 雪山での遭難。

 帰宅途中でたまたま行き会ったのは学園に通う生徒の一人……シュラ・ハイゼン。

 彼は突如として黒い獅子に変身して襲いかかってきた。

 そう……パーティー会場を襲撃した正体不明の怪物の正体は他でもない、シュラ・ハイゼンという陰気な少年だったのである!


(まあ、俺は知っていたけどな……)


 黒獅子から元の姿に戻ったシュラを背負ってホテルまで運び、クラエルはそっと溜息を吐いた。

 シュラはゲームに登場する攻略キャラの一人だ。ルートによってはレイナと恋愛関係になることもある。

 眼帯によって片目を隠し、長いマフラーやコートに身を包んだ姿はいわゆる『中二病』と呼ばれる思春期特有の病の持ち主にしか見えないが……実はこれにも理由がある。

 シュラは呪いにかかっており、目や身体の一部が獣となっているのだ。眼帯などはそれを隠すための物。先ほど、黒獅子に化けたのも呪いが原因だ。


(最終的にはレイナと一緒に呪いを解いて二人は結ばれる……とかいう展開だったんだけど、あれはメリバに近いラストだったからな。正直、応援はできないな)


 メリバ……メリーバッドエンド。

 ヒロインと攻略キャラは結ばれるものの、プレイヤー的にはモヤモヤとしていまいち納得のいかないエンディング。

 クラエルとしてはシュラルートのエンディングは気に入らないため、邪魔はしないが応援する気にはなれなかった。


「ハイゼン君は医務室に預けておきました。ただの空腹と貧血らしいですから、とりあえずは問題ないそうですよ」


 シュラをホテルのスタッフに預けて、クラエルがロビーに戻ってきた。

 そこで待っていたレイナやユリィ、レイナの友人達に簡単に説明をする。


「ボーイから聞いたことですけど……ハイゼン君もこのホテルに泊まっているみたいですよ? 部屋に閉じこもっているらしく、食事も運ばせているそうですから、顔を合わせる機会はありませんでしたけど」


「ああ、そうなんですか……それにしても、どうして彼はあんな姿に……?」


 ユリィがわずかに肩を震わせながら、疑問を口にする。

『あんな姿』というのは黒獅子の姿のことだろう。人間が獣に変わるだなんて、そんな現象は聞いたこともないはず。


「私は知りませんけど……何かの魔法でしょうか?」


「さて……彼には彼なりの事情があるのでしょう。追及は止めておいた方が良いですね」


 クラエルが肩をすくめた。

 シュラが背負っている事情については知っているが、クラエルにはどうにもできないことである。

 気の毒だが……現時点では放置するしかなかった。


「あとは医師と……それにエリック殿下に任せるしかないでしょうね」


 シュラは魔物に変身してパーティーを襲っている。

 仮にも王族がいる場を襲撃したのだから、報告しないわけにはいかなかった。

 シュラがエリックと接触することにより、彼を取り巻く問題についても何らかの進展があることだろう。


(だけど……ハッピーエンドとはいかない。彼を救うことはレイナにだって無理だった……)


 呪いを解く方法はある。

 だが……それが必ずしもハッピーエンドに繋がるわけではない。

 レイナでさえ、ゲームのシナリオではシュラのことを救済することができなかった。

 一緒に堕ちて、メリバエンドを迎えることしかできなかったのだ。

 すでにこの世界はゲームとはまるで異なるものになっているので、それが良い方向に進むことを祈るばかりである。


「あの……クラエル様?」


 レイナがクラエルの袖を引いた。

 上目遣いで訴えてくる視線。長い付き合いなので、すぐに彼女が言いたいことを悟る。


「ああ、もう夕食の時間ですね。レストランに行きましょうか」


 シュラのおかげで余計な時間を使ってしまったが、もう夕食時である。

 見た目によらぬ大食いであるレイナは腹ペコになっているようだ。


(ハイゼン君には悪いけど……君の問題よりも、レイナのご飯の方が優先だ。今は旅行中だからね。お願いだからレイナの手を煩わせないでくれ)


「それじゃあ、皆さん。行きましょうか」


 心の中でシュラに詫びて、クラエルはレイナを伴ってホテルのレストランに向かったのであった。






――――――――――

限定近況ノートに続きのエピソードを投稿しています。

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