第270話 ハプニングは続く
「クラエル様、クラエル様!」
「んあ……」
「吹雪が止みましたよ。帰りましょう」
「ああ、すみません。すっかり眠ってしまいましたね」
ちょっとした仮眠のつもりがガッツリと寝てしまった気がする。
正確な時間はわからないが……体感としては、もうじき夕方になるだろう。
「どれくらい寝ていましたか?」
「ほんの一時間ほどです。そこまで長くはありませんよ」
「そうですか……ああ、雪はすっかり止んでいますね。ここで泊まることになったらどうしようかと思いましたよ」
いくら火も食料もあるとはいえ、山小屋で夜を明かすのはちょっと嫌だ。
ホテルで美味しい食事を摂り、温泉に浸かり、柔らかなベッドで眠る方が良いに決まっている。
「もう少し暗くなっていたら、下山も難しかったですね……日が暮れる前に止んで良かったです」
「はい、行きましょうか」
レイナの機嫌も良くなっているようだ。
いったい何が不機嫌の原因だったのかは知らないが……何よりである。
クラエルとレイナは山小屋から出て下山ルートを歩いていく。
さっきまでの吹雪は何だったのだろう……すっかり雪は晴れていて視界も良好。案内板もあって、迷いようがない山道だった。
「あ、クラエル先生! レイナさん!」
「ああ、ユリィ先生。どうかしたんですか?」
「どうかしたじゃないですよ! 急にいなくなるから心配したんですよ!」
山を下りたところで、ユリィと合流することができた。
ユリィの近くにはレイナの友人三人の姿もある。全員、無事なようだった。
「急に雪が強くなってきて、気がついたら二人ともいなくなっていたからビックリしましたよ!」
「ああ、それはすみません。皆さんは大丈夫でしたか?」
「はい、雪はすぐに収まりましたから。むしろ、どうして二人がいなくなったのか不思議だったくらいですよ?」
「……そうですか」
確かに……まるで瞬間移動したみたいに、気がついたら遭難していた。
本当にどうして遭難なんてしてしまったのだろう。今更ながら不思議である。
「…………」
後ろにいるレイナをチラリと見ると、素知らぬ顔で視線を逸らしている。
山小屋では妙に不機嫌になっていたのだが……今はとりあえず、いつもの様子に戻っている。こっちはこっちでどうしたというのだろう?
(まあ、スキー旅行中に遭難なんてしたら機嫌が悪くもなるか。レイナが何かしたなんてことは有り得ないだろうし、さっさとホテルに戻ろうかな)
「皆さんも心配かけてしまってすみません。日も暮れますし、ホテルに戻りましょうか」
ちょっとしたハプニングはあったものの……本日のところはホテルに戻って食事にするとしよう。
クラエル達は帰路につくが……ハプニングというものは寂しがり屋だ。起こるときは重なって起こるものである。
「アレ……あの子って、うちの学校の生徒じゃないですか?」
最初に気がついたのはユリィである。
道の端に歩いていた通行人の少年を指差したのだ。
「名前は確か……ハイゼン君でしたね」
「あー……そうですね。シュラ・ハイゼン君ですね」
クラエルが顔を引きつらせる。
歌姫シデルイーリャのイベントが起こっていたので、どこかにいるだろうとは思っていたが……まさか、ここで遭遇しようとは。
「彼も旅行に来ていたんでしょうか。話しかけるなオーラ全開ですけど……」
「そうですね。彼は学校でもあまり人と話したがらないみたいですし……あっ!」
ユリィが叫んだ。
唐突に、道を歩いていたシュラが胸を押さえて苦しみ出したのである。
「ハイゼン君! 大丈夫ですか!?」
「あ……ユリィ先生!」
膝をついて苦しんでいるシュラにユリィが駆け寄ってしまう。クラエルが止める暇もなかった。
「しっかりしてください、ハイゼン君!」
「ちか、よるな……離れろ……!」
「そんなことを言っている場合じゃないでしょう!? すぐにお医者さんへ……!」
「はなれ……ウグ、グアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
「え……!?」
そして……それは起こった。
シュラが胸を掻き毟って悶絶し、やがてその身体が膨れ上がる。
「ガオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
シュラが変身する。アフリカゾウほどの大きさがある黒獅子に。
その姿は間違いない……昨晩、パーティー会場を襲った怪物だった。
「グオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
「え……ええっ! ハイゼン君っ!?」
「ユリィ先生! 危ない!」
クラエルが叫び、ユリィに駆け寄ろうとする。
しかし……それよりも先に黒獅子が腕を振り上げ、鋭い爪をユリィに振り下ろそうとして。
「あ、いや……もう、そういうの良いですから」
「あ……」
「ガオッ!?」
吹っ飛んだ。
ユリィの前に展開された結界に弾かれて、バウンドしながら道を転がっていく。
「今日はもう帰って食事にするので、そういうのやめてください」
「レイナ……」
クラエルの隣で、レイナがユリィに向けて手をかざしている。
シュラ・ハイゼンは仮にも攻略キャラであるのだが……本気でどうでも良さそうな表情をしており、面倒くさそうにハプニングを処理したのであった。
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