第269話 吹雪の原因
「まだまだ吹雪は止みそうもないですね」
「そうですね……」
窓の外ではいまだに雪が荒れ狂っている。
とはいえ……山小屋の中は焚き火によって温められており、不自由は感じない。
当然ではあるが、『裸になって温め合う』などという恋愛マンガではおなじみのイベントをする必要もなかった。
「ムウ……」
「どうかしましたか、レイナ?」
「なんでもないです」
唯一、問題があるとすれば……レイナがやけに不機嫌になっていることだろうか。
もしかすると、スキーが台無しになってしまったことが気に入らないのかもしれない。
「今日のところは残念でしたけど……まあ、旅行はまだまだ始まったばかりです。今日がダメでも明日がありますよ」
「…………」
クラエルの言葉に、レイナが恨めしそうに見つめてくる。
予想と違う反応にクラエルが首を傾げるが……天候ばかりはどうにもならない。レイナには諦めてもらうしかなかった。
「ふあ……ちょっと眠くなってきました。僕は少し休ませてもらいますね」
前世からの経験もあるが……女子は時として、わけもなく不機嫌になるものである。
こういう時は男が何を言っても無駄だ。波が収まるのを待つしかない。
クラエルは現実逃避をするように毛布に顔を埋めて、そのまま眠りについた。
〇 〇 〇
「スウ、スウ……」
「…………クラエル様」
クラエルが寝静まったのを見計らい、レイナがモゾモゾと近づいていく。
クラエルを起こさないように……そっとそっと距離を詰める。
「…………」
間近からクラエルをじいっと見つめる。網膜に焼きつけるかのように。
毛布から手を出してクラエルに向けて伸ばして……しかし、すぐに下ろした。
「ムウ……」
流石に身体に触れてしまっては起こしてしまうだろう。
レイナは無念そうに唇を噛んだ。
「もうじき日暮れですし……今日はここまでですね」
クラエルと二人きりになれたのは嬉しいが、別に迷惑をかけたいわけではない。
たまたま吹雪が起こったのを利用して山小屋に連れ込んだが……お楽しみはここまでである。
「仕方がありません。続きはまたの機会ということで」
クラエルを起こさないようにレイナが立ち上がり……振り返る。
背後にはいつの間にか扉が出現していた。レイナが生み出した転移の門である。
レイナが門をくぐると……その先にあったのは雪山。吹雪の真っただ中である。
「グオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
そして……吹雪の中で氷の息吹を吐いている巨大な怪物の姿があった。
白いドラゴンのような魔物が口から氷雪を吐き、吹雪を巻き起こしている。
「この山に棲む氷竜ですか……いったい、何が気に入らなくて吹雪を起こしているんですか?」
「グオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
「おかげでクラエル様と二人きりになれたのは良かったですけど……これ以上は迷惑です。やめてください」
「グオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
「……聞く耳持たずですか。だったら、結構です」
なおも氷雪を吐き続けているドラゴンに、レイナはそっと溜息を吐いた。
「今のは忠告……そして、これは警告です」
「グオッ!?」
レイナの空気が変わる。
雰囲気が冷たくなっただけではなく、姿形にまで変化が起こった。
その身体が白く輝き、背中に天使の翼が生えた。右手に出現したのは身の丈を越えるサイズの槍。幾何学的文様が描かれた槍は神話に登場する伝説の武器のようだ。
「くまー!」
「ワンワンッ!」
そして……周りにぬいぐるみの頭の天使が現れて、レイナを守るように立ちふさがる。
「疾く、消えなさい。さもなければ……」
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
氷竜が悲鳴のような鳴き声を上げて、吹いていた氷雪を止める。
そのまま背中の両翼をバタバタと動かし、慌てた様子で山頂の方角へ逃げていった。
「ちょっとだけ、八つ当たりをしてしまいました……もうじき夕飯ですし、早く帰りましょう」
レイナは溜息混じりにそう言って、逃げ去っていく氷竜を見送ったのであった。
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