第266話 エリックの説明
パーティー会場で起こったトラブル。歌姫シデルイーリャの登場と黒獅子の襲撃。
ゲームにおいてダウンロードコンテンツだったイベントは、レイナが戦闘に参加することなくエリックら攻略キャラの活躍によって収束された。
クラエルとレイナは同行者と一緒にホテルに帰還して、その日は休むことにした。
「まったく……いつの間にかいなくなっていたから心配したよ。レイナ」
翌日の朝。
別に招いたわけでもないのに、クラエル達が宿泊しているホテルに王太子エリック・セインクルがやってきた。
「昨日はせっかくのパーティーだったというのに、途中で台無しになってしまって済まないね。まさか、魔物が飛び込んで来るだなんて思わなかったよ」
「はあ? そうですね?」
「でも……あの場にレイナがいてくれて良かったよ。君のおかげで怪我人もスムーズに避難することができた。本当に感謝するよ」
ホテルのラウンジにて、エリックがどこか疲れた様子で礼を言う。
テーブルを挟んで座ったレイナが興味無さそうな「すんっ」とした顔で応じている。
「それで……エリック殿下。あの魔物については何かわかっているんですか?」
レイナの隣に座ったクラエルが代わりに質問をすることにした。
「ああ……実を言うと、あれから魔物の捜索をしたんだ。あんな大きな怪物が町中に出ていったら被害者が出るからね。だけど……何故か見つからなかったよ。魔物は忽然と消えてしまったんだ」
エリックが眉根を寄せて、考え込むようにしてクラエルの問いに答える。
「ホテルを出てからの目撃情報が無い。襲われたという被害報告も上がっていない。不自然なほどに……それこそ、煙のように消えてしまったみたいだ」
「……魔法で召喚された魔物だったのでしょうか。気配がおかしかったような気もします」
レイナがふとそんなことを口にする。
レイナが使役している聖霊や天使のように呼び出された存在であれば、魔法を解除することで消えてしまう。ホテルの外での目撃情報が無いのも納得である。
「その可能性はあるね……そうなると、アレは自然災害的な魔物の襲撃ではなく人災ということになる。意図して怪物をパーティー会場に送り込んだ人間がいるというわけか」
エリックの表情がさらに険しいものになる。
あの場には王太子であるエリック、聖女のレイナを始めとして、身分の高い人間が大勢いた。そんな場所に魔物を送り込んだとなれば相当な謀略である。
下手をすると他国の暗殺者ではないかと、頭を悩ませているのだろう。
「あの魔物は明らかに歌姫シデルイーリャ嬢を狙っているように見えましたけどね」
クラエルはエリックにそっとヒントを出した。
レイナ不在の中で働いてくれているのだ。少しくらい助け舟を出してやろう。
「もしかすると……また彼女の周りに現れるかもしれませんね。シデルイーリャ嬢からも話を伺ってみてはどうでしょう?」
「そうだったね……ああ、失念していたよ」
エリックが髪をかき上げる。
もう学園の生徒の大部分が見慣れているアフロ頭にモサッと手を突っ込んだ。
「歌姫シデルイーリャは貴族や王族というわけではないのだけど、奇跡の歌声の持ち主として一部の国では聖女のように崇められているからね。国際問題にならないように慎重に調査をするとしようか」
エリックは立ち上がって、意味ありげにレイナに視線を送る。
「えっと……レイナ、良ければ君も僕を手伝って……」
「頑張ってください、エリック王太子殿下。臣民の一人として貴方の活躍をお祈り申し上げます」
「…………ありがとう」
遠回しに助力を断られて、エリックが肩を落とす。
ヒロインの協力無しでの問題解決は難易度がいくらか上がるが……レイナがこの件に関わるのを望んでいないのだから仕方がない。
(シナリオの事件解決よりもレイナの意思が優先だな、うん)
「それじゃあ、クラエル様。今日もスキーを楽しみましょうか」
「ええ、そうですね。ユリィ先生達も待っているでしょうし……行きましょうか」
エリックが消えると、レイナが別人のように柔らかな笑顔になった。
クラエルの使命はこの笑顔を守ること。ゲームのイベント消化は二の次である。
釣られたように笑顔になって、クラエルはレイナと連れ立ってホテルのラウンジから出ていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます