第264話 黒獅子との戦い
庭園に続いているガラス窓を叩き割って漆黒の獅子が飛び込んでくる。
獅子は会場にいる多くの招待客を無視して、真っすぐシデルイーリャめがけて駆けていく。
「危ない!」
最初に動いたのはクラエルでもレイナでもなく、王太子であるエリック・セインクルだった。
主催者であるエリックは舞台に近い場所にいたこともあり、シデルイーリャと黒獅子の間に割り込むことができたのだ。
「ガアッ!」
「クッ…………ハアッ!」
エリックが剣を抜き、振り下ろされた爪を受け止める。
黒獅子の剛腕に顔を顰めたが……すぐに押し返して黒獅子を後退させた。
「へえ……強くなったじゃないか」
クラエルが思わずつぶやいた。
エリックが想像よりも強くなっている。少しだけ見直した。
「リューイ、殿下を助けるよ!」
「ウィル君に言われるまでもないよ!」
「私も援護します……!」
ウィル、リューイ、メロンの三人がエリックの援護をする。
ウィルが魔法で黒獅子を攻撃して、リューイが補助魔法や魔法の弓矢で、メロンが治癒魔法を飛ばしていた。
四人はコンビネーションの取れた動きで戦っている。まるでゲームのヒロインとヒーロー達のように。
「あの様子なら、僕達が助ける必要はありませんね……」
「クラエル様、どうしましょうか?」
「僕達はパーティーの参加者を避難させます。僕はスタッフと協力して避難誘導をしますから、レイナは怪我人の治療をお願いします!」
クラエルがテキパキと指示を出す。
黒獅子が狙っているのは歌姫シデルイーリャだけ。彼女はエリック達の背中に庇われていた。
パーティーの参加者は悲鳴を上げながら右往左往。転んだり、黒獅子が破ったガラスの破片で怪我をしている人間もいる。
「わかりました! クラエル様もお気をつけて!」
「レイナも……皆さん、落ち着いて避難してください! 慌てないで!」
「ムニャムニャ……もう飲めにゃいよお……」
「ユリィ先生は寝ぼけないの! 貴女は教師でしょうが!」
傍で酔っ払っていたユリィに一喝しつつ、クラエルはスタッフと一緒に避難誘導を行った。
やがて、会場内にいる人間の大部分が外に避難した。残っているのは黒獅子と戦っているエリック達。ホテルの警備スタッフもまた黒獅子を遠巻きに囲んでいる。
「…………」
そして……どこか思いつめたような表情をしたシデルイーリャ。彼女が顔を蒼褪めさせている理由を知っているのは、ゲームを攻略しているクラエルだけだった。
「クラエル様、怪我人はみんな逃がすことができました!」
「ご苦労様です……さて、あちらはどうかな?」
最後に残った怪我人を治療して外に逃がし、レイナがクラエルに駆け寄ってきた。
クラエルが戦いに目を向けると……黒獅子が振り下ろした爪をエリックが捌き、返す刀で反撃をしているところだった。
「グルルルル……!」
「ハア、ハア……強い……!」
エリックが荒い呼吸をしている。
目立った負傷はないものの、それなりに疲労してしまっていた。
この黒獅子はシナリオ後半のボスモンスターに相当する強さがある。エリックもそれなりに善戦しているが、スタミナ切れはどうにもならないようだ。
「大丈夫かと思いましたが……彼らには少し、早かったですかね?」
「クラエル様、助太刀しますか?」
レイナが横から訊ねてくる。
ゲームのレイナであれば迷わず飛び込んでいただろうが、目の前にいる彼女はクラエルの意思を優先させるらしい。
「そうですね、仕方がありません……」
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
クラエルが戦闘に参加しようとする……再び、ガラスの割れる音がした。
「エリック! 危ない!」
破片をぶちまけて会場に飛び込んできたのは真っ白な雪に身を包んだビッグフット……などではなく、雪まみれのヴィンセント・フレイムだった。
どうしてここにいるのかは知らないが、ヴィンセントは黒獅子が割った場所ではなく、別のガラスをぶち破って飛び込んできた。
「喰らいやがれ!」
「グオウッ!」
ヴィンセントが大剣の一撃を黒獅子に浴びせた。
予想外の方向からの攻撃に黒獅子が怯み、その場から飛び退いた。
「よし! いけるぞ、みんな!」
「グルルルル……!」
新たな敵の登場に不利を悟ったのだろう……黒獅子が憎々しげにシデルイーリャを睨みつけてから駆け出した。
そのまま割れたガラス窓から外に飛び出していき、夜闇の中に消えていった。
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