第263話 余興と異変

 リューイのことはもうメロンに任せて放っておくとして……パーティーは大きな問題も無く進んでいった。

 レイナはクラエルの傍で料理を食べており、舐める程度だが酒も口にしている。

 レイナは外見に反して健啖家。状態異常への耐性が強いためか酒にも酔いづらい。

 まるで魔法の袋にアイテムを詰め込むかのようにパクパクと料理を口にして、配膳役のスタッフを驚かせていた。


 攻略キャラがそこから接触してくることはなかった。

 エリックは他の招待客の相手をしており、隣にはキャロット・ローレルの姿。時折、チラチラとレイナに視線を向けてくるが……近づいてくることはなく苦い顔をしている。

 ウィルはクラスメイトの男友達と一緒に笑っていた。以前の頑なで他者を拒絶する態度が嘘かのように冗談を言い合っている。

 問題なのはやはりリューイ・ビスケット。隣にメロンを侍らせながらも隙あらばレイナに近づいて来ようとしていたが、そのたびに周囲の極寒の視線にさらされてすごすごと退却していた。


「それでは、ここで余興を始めさせていただきます」


 やがて、壇上で司会者が言う。

 歓談をしていた招待客が口を閉じて、パーティーホールの奥にあるステージを見やる。


「本日は西の国より歌姫を招いています。奇跡の歌声の持ち主と謳われているシデルイーリャ様です」


 司会者に促されて、壇上に一人の女性が現れた。

 透き通るような美貌の少女である。白い髪と赤い瞳のアルビノの特徴。小柄で痩せた身体にゴシックロリータのドレスを身に着けている。

 まるで幻想の世界から飛び出してきたような異質な雰囲気を身に纏っており、会場にいる誰もが彼女の姿に溜息を吐いていた。


(まさか……このタイミングで出てくるのか……)


 溜息を吐いているのはクラエルも同じである。もっとも……周りにいる人間とはその意味が違っていたが。


 歌姫シデルイーリャ。

 彼女は『虹色に煌めく彼方』の有料追加コンテンツに登場するキャラクターだった。

 聞く者に加護を与える神秘の歌声の持ち主。聖女とは異なる奇跡の担い手。

 追加コンテンツをダウンロードしなければ登場しないキャラクターだが、色々と重い過去を背負っており、ルート次第では仲間キャラとして加わる人物。


「何だか、不思議な人ですね……クラエル様」


 レイナも壇上に現れた歌姫の姿に目を細めている。

 シデルイーリャもまた聖女のように崇められている奇跡の使い手であるが、聖女ではない。決して、断じてない。

 彼女が持っている能力の根幹は女神の加護ではなく、もっと悍ましい力である。

 だが……それでも自分と通じる何かを感じているのだろうか。レイナが難しそうな表情でシデルイーリャを見つめていた。


「シデルイーリャ様? 知ってますよう、あの人」


 酔っぱらってクラエルに寄りかかりながら、ユリィが酒臭い息を吐いた。


「大陸西部を旅している歌姫ですよう……一席歌わせるのに金貨の山が必要になるってすごい人で、王族にだって口利きができるそうですよお……」


「ああ、詳しいですね。ユリィ先生」


「有名人ですからねえ。社会人だから新聞くらい読みますよう」


「はいはい……社会人なんだから酒に呑まれないようにしてくださいね。臭いですから離れてください」


「やんっ」


 クラエルがユリィの肩を押してどかした。

 シデルイーリャがレイナの前に現れたとなれば、追加コンテンツのイベントが発生したということになる。うかうかしてはいられない。


(ゲームでは追加コンテンツをダウンロードした直後にレイナがパーティーに招かれ、彼女が出てくるんだよな……そして、シデルイーリャが出てきたのなら奴も現れる)


 これまでのことを考えると、全てがゲーム通りに進んでいるわけではないだろうが……警戒は必要である。

 クラエルが身構えていると、やはりというかそれは起こった。


「それでは、歌っていただきましょう。曲は彼女の十八番である『旧き支配者に捧ぐキャロル』……」


「キャアアアアアアアアアアアアアッ!」


 司会者がそこまで言ったところで会場から悲鳴の声が上がった。

 直後、パーティーホールと庭園を繋いでいたガラス窓が音を立てて割れて、巨大な影が飛び込んでくる。


「グオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 それは獅子の魔物だった。

 アフリカゾウほどもある漆黒の獅子がパーティーホールに飛び込んできて、壇上にいるシデルイーリャ目掛けて飛びかかってきた。

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