第260話 ハニートラップをかけられましたが……?

 エリック達から離れて、クラエル達は料理が並べられているテーブルに向かった。


「あの……聖女様ですよね?」


「ああ、レイナ・ローレル様。お会いすることができて光栄です……!」


 立食形式の料理を食べているクラエル達であったが……徐々に、周りに近づいてくる人間達がいた。

 いずれもパーティーの参加者だ。地元の有力者や、エリック達に同行してやってきた貴族などである。


「どうか、お話を聞かせていただけませんか?」


「そちらのドレス、とても素敵ですわ」


「本当にお美しい……なんて、神々しいんだ……!」


 集まってきた人間達はいずれもレイナに取り入れようとしているようだった。

 今をときめく聖女。右に並ぶ者のいない美貌の乙女の姿に、誰もが心を奪われているようである。


「貴方はもしかして……聖バーン様でしょうか?」


「教育の守護聖人に認定された方ですよね?」


 そして……意外なことに、クラエルにも話しかけてくる人間が少なからずいた。

 クラエルもまた神殿の有力者として、最近になって名前が知られるようになっている。

 何が目的化は知らないが、周りに人が集まってきていた。


(何というか……こういうの、意外と面倒だな)


 侯爵家の生まれとはいえ、五男坊には過ぎた扱いである。正直、居心地が悪かった。


「申し訳ありません。今日はプライベートですので」


 レイナはそつなくあしらっており、お近づきになろうとしている人々を回避していた。


「私に用があるのでしたら、王都の大神殿までいらしてください。改めて、お話をさせていただきます」


「そんな……せめて、お話だけでも」


「ごめんなさい……今は旅行中なものでして。また、機会があれば必ず……」


「ウッ……」


 レイナが眉尻を下げて言うと、集まってきた人間達も何も言えなくなっていた。

 困った様子のレイナを見て、自分達が悪いことをしているような気になっているのだろう。


(流石だな……もうすっかり、人の扱いに慣れているじゃないか)


 学園で、大神殿で、多くの人々と接しているためだろう。

 自分が周りからどう見られるのかを理解しており、それを利用する術も身に着けていた。

 レイナのコミュニケーション能力は以前よりも確実に上昇している。もしかすると、年上のクラエル以上だ。


「本当に大したものだ。俺も見習わなくちゃいけないな……」


「ああ、クラエル・バーン様ですよねえ。よろしければ、一緒にお酒でもいかがですかあ?」


 感心しているクラエルのところに、一人の女性がやってきた。

 やたらと胸の開いたドレスを着ている女性である。まるで誘うように、チラチラと上目遣いで見上げてくる。

 女性はポヨンポヨンのサイズの胸をこれでもかと揺らしながら、クラエルに誘い水をかけてきた。


「このホテルに部屋を取っているんですよお。そちらで飲み直しませんかあ?」


(ああ……この類か。珍しいな)


 クラエルは教員であると同時に、聖人認定された有力者だ。

 時々ではあるが、こういったハニートラップをかけられることがある。

 金目当てか、権力目当てか、それともクラエルを通じてレイナと接触しようとしているのか……目的は様々だが、色気ある女性に接触されることがあった。


(結婚願望はあるけど、こういうあからさまなのはなあ……それに断ったらすぐにいなくなるし、同じ相手から何度も口説かれたことは一度もないから……たぶん、そこまで熱心に口説いているわけじゃないんだろう)


「申し訳ありません。今日は生徒の引率をしているもので、またの機会に……!?」


 などと断りの言葉を口に仕掛けて、クラエルはザワリと悪寒を覚えた。

 まるで氷を背中に入れられたような感覚だ。

 慌てて振り返ると、そこにニッコリ笑顔のレイナがいた。


「クラエル様、こちらのローストビーフがとても美味しかったですよ。食べてみてください」


「あ、ああ……もちろんだ。ありがとう」


 レイナが肉料理の載った皿を差し出してきた。

 クラエルは先ほどの悪寒は何だったのかと首を傾げつつ、皿を受け取る。


「ああ、申し訳ありません。先ほどのお誘いですけど……」


 そして……改めて、ハニートラップを仕掛けてきた女性を断ろうとするが、クラエルは目を瞬かせる。

 ローストビーフの皿を片手に振り替えると、さっきまでそこにいたドレス姿の女性がいなくなっていたのだ。


「アレ……どこいった?」


「クラエル様、どうかしましたか?」


「いえ……今、ここに女性がいたはずなんですけど……」


「女性って……私は気が付きませんでしたけど、誰かいたんですか?」


 レイナが不思議そうに首を傾げた。

 気のせいだったのだろうか、白昼夢にしてはやけにハッキリとしていた気がするが。


「クラエル先生。このお酒、美味しいから飲んでみてくださいー」


「ユリィ先生、飲み過ぎですよ」


「ふやー……頭がクラクラしますー。気持ち良いですー」


「やれやれ……引率の教師がこの有様とは、生徒に顔向けできませんね」


 まさか幽霊でも見たのかとちょっと怖い気持ちになったが、クラエルは深くは考えないようにして食事に意識を戻すのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る