第258話 仲良し姉妹と弱った王子

 クラエルとレイナから少し遅れて、エントランス前で石像になっていたエリックが現れる。

 何故かユリィをエスコートして現れたエリックは、レイナとキャロットが歓談をしているのを見て、わずかに顔を引きつらせた。


「エリック殿下、こちらですわ。どうぞいらしてくださいませ」


 入口で固まっているエリックを見て、キャロットが手招きをした。

 婚約者から呼ばれて、エリックは重い足取りで近づいてくる。


「や、やあ……キャロット。すまないね、客人の応対を任せてしまって」


「いいえ、構いませんわ。婚約者ですもの」


「そ、そうだね……私達は婚約者だからね……」


 言いながら、エリックはチラチラとレイナの顔に視線を送ってくる。


(ああ……さぞや気まずい状況だろうなあ……)


 そんなエリックの姿に、クラエルは若干冷めた目になった。


 エリックはレイナのことを好いている。それは誰の目から見ても明らかだ。

 それでも、エリックはキャロットと婚約を交わしているのだ。

 好きな女と婚約者が一堂に会しているのだから、居心地が悪くて仕方がないことだろう。


「それにしても……キャロットお姉様。そのドレス、素敵ですね」


「ありがとう。レイナもとても綺麗よ」


「嬉しいです。クラエル様も褒めてくれたんですよ?」


 一方で、本来であれば気まずい関係であるはずの女性二人は、和気藹々とした様子で歓談をしている。

 親しげに話している二人の姿に、エリックがひたすら恐縮した様子で縮こまっていた。


(というか……この男、わりと最低だよな。ゲームの設定だからそれほど気にしていなかったけど、婚約者がいるのに他の女に目移りをしていて、おまけに今はユリィ先生のことをエスコートしている……どんなヒーローだよ)


「クラエル先生……これって、どういう状況ですか?」


「……知りませんよ」


 エリックから離れたユリィが謎の緊迫感を感じ取ったのか、恐る恐る訊ねてきた。

 聞きたいのはクラエルも同じである。首を振って答えた。

 そんなクラエルとユリィの視線を受けながら……エリックが女性陣の会話にどうにか入らんと、意を決して口を開いている。


「えっと……キャロット……?」


「何ですか、私の婚約者のエリック殿下?」


「あ、あの……レイナ?」


「どうかしましたか、お姉様の婚約者のエリック殿下?」


「……………………何でもないです」


 そして……撃沈した。

 もうやめておけば良いのに、肩を落として脱力する。

 本人の浮気な心が原因なので同情の余地はないが、見ていて哀れな姿だった。


「それでは、キャロットお姉様。私はこれで失礼いたしますね」


「はい、パーティーを楽しんでいってくださいね。また後ほど」


「ええ、後ほど」


 レイナとキャロットはそんな言葉を交わして、久しぶりになるであろう姉妹の対話を終えた。

 レイナはクラエルの隣に戻ってきて、キャロットはエリックの腕を取る。


「あ……」


「どうかいたしましたか、エリック殿下?」


「いや……何でもない……」


 キャロットに顔を覗き込まれて、エリックが何も言えなくなっている。

 そんなエリックにまるで見せつけるようにして、レイナがクラエルの腕に自分の腕を絡めた。


「それじゃあ、行きましょう。クラエル様」


「ああ……行こうか」


 エリックがまるで助けを求めるような目をこちらに向けてくる。

 まるで子犬が縋るような顔をしていたが、気づかなかったことにして背中を向ける。


(あんな美人の婚約者がいるっていうのに、何が不満だって言うんだよ。この贅沢者め)


「さあ、クラエル様。お料理をいただきましょうか。ほら、あちらにありますよ」


「そうですね……食べましょう」


「あ、私も御一緒して良いですか?」


「私も。行きましょうか、レイナ様」


 クラエルとレイナ、ユリィ、レイナの友人達は連れ立って、料理が並べてあるテーブルへと向かったのである。

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