第257話 パーティーに参加します
エントランスをくぐったクラエルとレイナ、レイナの友人三人は、案内のボーイからパーティー会場へと案内された。
広々とした会場には天井からシャンデリアがぶら下がっており、いくつものテーブルが並べられている。テーブルにはいくつもの料理が並んでいて、スーツやドレスを着た男女がそれを囲んで歓談をしていた。
「どうぞ、ウェルカムドリンクですわ」
「君は……?」
そして……一同が会場に足を踏み入れるや、一人の女性が歩み寄ってきた。
歓迎の笑みを浮かべてドリンクのグラスを手渡してきたのは、クラエルが知った人間である。知り合いというわけではなく、彼女もまた『虹色に煌めく彼方』の登場キャラクターだったのだ。
「キャロット・ローレル……」
クラエルが周りには聞こえない声量でつぶやいた。
キャロット・ローレル。
それはゲームのシナリオにおいて、『悪役令嬢』と称されている敵キャラだった。
先代聖女を輩出したローレル公爵家の令嬢、レイナのような養子ではなく、本物の尊い血を継いでいる。
キャロットは聖女に憧れており、自分も聖女になりたいと考えていた。
しかし、そんな中で現れた聖女……自分のような高貴な血を持っておらず、礼儀も作法も知らないレイナが聖女に選ばれたことにより、嫉妬と憎悪を向けることになる。
悪感情はレイナがエリックに気にいられたことにより、爆発することになった。
執拗なまでにレイナを虐げて、物語終盤に差し掛かると魔物を使って命まで取ろうとするのだ。
最終的に断罪。追放されたキャロットによって、魔王が復活することになるのである。
「ああ、キャロットお姉様。お久しぶりです」
だが……そんな宿敵であり、準・ラスボスであるキャロット・ローレルに対して、レイナが親しげに微笑みかけた。
先ほど、エリックに対して見せた社交辞令の笑みではない。心から、親密感のある表情だった。
「ええ、レイナ様。今晩は」
「『様』だなんて止してくださいな。血のつながりがなくとも、貴女は私の姉なのですから」
「そうですわね……それじゃあ、レイナ。いらっしゃい」
レイナとキャロットが穏やかに歓談を始めた。
そんな姿にクラエルは驚かされるが、どうにか表情に出ないように堪えた。
「ご紹介いたしますわ。キャロットお姉様、こちらがクラエル・バーン様です」
「ああ、貴方がバーン先生ですか。お噂はかねがね聞いておりますわ」
「ええ……キャロット嬢。君は私の授業を取っていませんでしたね」
キャロットはエリックと同い年。
学園の生徒ではあるものの、神学も音楽も選択してはいなかった。
「申し訳ありません……バーン先生が教えている内容は家庭教師から教わっていますので。経験のため、別の授業を選択させていただきました」
「別に責めているわけではありませんよ。レイナがいつもお世話になっていますね」
御礼を言いながら、クラエルは探るような目をキャロットに向けた。
本来であれば敵となるキャロットであったが……レイナとは見るからに親しそうである。
演技という可能性もゼロではないが、ゲームにおいてキャロットはそんな自制心のある人間ではなかった。
(エリックの攻略を進めていないから、敵意を持たれていないのか……それとも、まさか彼女も……)
「『転生者か』?」
「はい? 何か申しましたか?」
クラエルが日本語でつぶやくが、キャロットは不思議そうに首を傾げるばかり。特に反応はなかった。
おそらく、転生者ではない。もしも偽っているのだとすれば、相当な役者である。
(そうなると……俺がレイナを教育したことで、何らかのバタフライエフェクトが生じたのか……)
この様子であれば、少なくともキャロットがレイナを虐めるということはないだろう。
キャロットが断罪されて、破れかぶれになって魔王を復活させることもない。
このゲームにおいて、最大の脅威となる大敵は現れないということになる。
「こちらこそ。今後とも私の妹をよろしくお願いいたしますわ」
キャロットはゲームの彼女とは打って変わって柔らかな笑みを浮かべ、クラエルにドリンクのグラスを手渡してくれた。
主催者であるエリックの婚約者であるキャロットの歓迎を受けながら、一同はパーティーに参加したのである。
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