第256話 エスコートをします
ドレスを選んでいるうちに夜になる。
エリックが送ってきてくれた迎えの馬車に乗って、一同は彼が宿泊しているというホテルに向かった。
到着したホテルはクラエル達が宿泊していた場所よりもずっと大きく、豪華なホテルだった。昨年、完成したばかりとのことであり、王家の関係者が冬のレジャーを楽しむために別荘地として建てたホテルであるらしい。
「何というか……お金というのはある場所にはあるものですね……」
馬車から降りるや、クラエルは思わずつぶやいた。
贅を尽くしたようなホテルのデザインには、感嘆よりも呆れが勝ってしまう。
年に数度しか使う機会のないホテルのために、どうしてこれほどまでの金をかけることができるのだろう。
侯爵家に生まれ育ったクラエルであったが……王侯貴族の金の使い方には、毎度のことながら唖然とさせられてしまう。
「う……お、大きいですね」
「わっ……すごい……」
ユリィやレイナの友人達も緊張に固まっていた。
貴族出身であろう彼女達が圧倒されているくらいだから、やはり相当なものなのだろう。
「すごいですね、クラエル様」
後から馬車を降りたレイナもまた、他のメンバーほどではないが驚いていた。
いくつかのドレスを試着したレイナであったが……結局、最初に着たドレスを選んだ。
真珠色のマーメイドドレスを身に纏ったレイナは、人魚かさもなくば雪の妖精のような姿をしている。
「やあ、レイナ。来てくれたんだね」
ホテルのエントランスから一人の少年が現れた。
セインクル王国の王太子。攻略キャラの一人であるエリック・セインクルである。
「急な招待で申し訳なかったね。君達がここに来ているということをたまたま知ったんだ」
「いえ……お招きいただき感謝していますわ。本日はよろしくお願いいたします」
レイナが穏やかな笑顔を浮かべて、エリックに応えた。
柔らかく美しい笑みに見えるものの……レイナのことを良く知っているクラエルにはわかる。あの顔は社交辞令を口にしている顔だった。
「…………美しい」
そんなレイナの取り繕った笑顔に、エリックは胸を撃ち抜かれて見惚れている。
「そ、そのドレス……君にとても似合っているよ。まるで、人魚姫が地上に現れたのかと思ったよ……」
「ありがとうございます。嬉しいです」
「そ、それじゃあ……手を……」
「参りましょうか、クラエル様」
エリックがエスコートをするべく腕を差し出したが、レイナは華麗にそれをスルーした。
レイナはクラエルの腕に自分の腕を絡めて、ホテルのエントランスに入ろうとする。
クラエルは横目で気の毒そうにエリックを見ながら、レイナをエスコートしていった。
「うわあ……」
「し、失礼しますね……」
「お招きありがとうございます……」
石像のように固まっているエリックの横を、複雑そうな表情をしたメイリー、シャロン、ヴァネッサが通り過ぎる。
エスコートを断られた経験などないのだろう……エリックはそれでも、手を差し出した体勢のまま、固まっていた。
「え、えっと……私でよければ、エスコートをお願いできますか?」
そんな王太子を哀れに思ったのだろう。
唯一、ユリィだけが立ち止まって、恐々と右手を差し出した。
「……はい、よろしくお願いいたします。お嬢さん」
「……お嬢さんじゃありませんよ、エリック殿下」
「はあ、もしかして年上のマダムでしたか? よろしければ、名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「いや……学園であったことがありますからね? 教師ですからね、私は?」
「教師……?」
ドレス姿……おまけにメイドから強制的に化粧までされてしまったことで、完全に女性にしか見えないユリィ・カネスタ。彼が顔見知りの教員であることを、エリックはわかっていないようだった。
少しして、自分がエスコートしている女性の正体に気がついたエリックは、悲鳴のような驚きの声を上げたのであった。
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