第252話 だが、男である

 クラエルとレイナが麓まで滑っていくと、そこには先に降りていたユリィとメイリーがいた。


「なあ、良いだろう。お茶だけでもさあ」


「何もしないって。ご飯とか奢っちゃうよ?」


「えっと……困ります。やめてくれませんか?」


 ユリィ達は三人組の男達から声をかけられていた。

 スキーウェアを身に着けた二十代の男達が親しげに距離を詰め、逃げ道を塞ぐようにして話しかけている。


「クラエル様、あれってもしかして……?」


「ナンパ……ですね」


 レイナの言葉に、クラエルは何とも言えない表情で頷いた。

 ユリィの年齢は二十代。メイリーは学生だったが、同年代よりも大人びた容姿をしている。三人組の男達と年齢は釣り合っているように見える。

 問題があるとすれば……ユリィが実は男であることだけだった。


「お姉さん、可愛いね。彼氏とかいないの?」


「やめてくださいっ! 私に彼氏なんているわけないでしょっ!」


「え? いないんだ。こんなに可愛いのにもったいないなあ」


「俺が立候補しちゃおっかな?」


 恐ろしいことに、女性であるはずのメイリーよりもユリィの方がモテていた。

 もしも彼らが真実を知ってしまったら、どんなリアクションをするのだろうか?


(うん……まあ、黒歴史になるのは間違いないだろうな……)


「まあ……助けましょうか、一応」


 彼らがレイナの姿を目にしたら、またトラブルに発展するかもしれない。

 クラエルはレイナを少し離れた場所に待たせておいて、ナンパされている二人のところまで歩いて行った。


「すみません、僕の連れがどうかしましたか?」


「あ?」


「何だよ、アンタ。この娘達の友達か?」


「ええ、同僚と生徒です」


 クラエルが正直に言うと、男達が嫌そうな顔をした。


「チッ……男連れかよ」


「こんなひ弱そうな奴、畳んじまうか?」


 男達がバキボキと拳を鳴らし、クラエルを嘲笑うように見やる。


「なあ、ちょっとだけこの娘達を借りてくぜ」


「文句はないよな? 邪魔するようなら手が出ちまうかもよ?」


「やれやれ……放置したらダメなタイプのナンパ師か」


 威圧してくる男達に、クラエルがうんざりと首を横に振る。

 ナンパ自体が悪いことだとは思わないが……節度を持ってするべきである。

 強引に相手をどこかに連れていくようなことはしてはいけないし、暴力をちらつかせるだなんてもってのほか。

 男の風上にも置いておけないゲスの所業である。


「教育者として、こういう連中を放置するわけにはいかないんだろうな……」


「ゴチャゴチャと何をほざいてるんだよ!」


「さっさと消えろって言ってるだろ!」


 三人組の一人が拳を振り上げて、クラエルめがけて殴りかかってきた。


「ガードアップ」


「ぬあっ……!?」


 クラエルが補助魔法を発動させ、相手の拳を受け止めた。

 それなりにケンカ慣れをしているように見えるが……それだけである。

 冒険者や戦士、騎士といった本職の人間には遠く及ばない。仮に補助魔法を使っていなかったとしても、ダメージはなかっただろう。


「そんなに血の気が余っているのなら、冒険者にでもなって魔物退治に従事したらどうですか? お金も稼げますし、人から感謝もされますよ?」


「ウルセエッ!」


「ぶっ飛ばす!」


 雪の中で男達が激高する。

 どれだけ沸点が低いんだよと呆れてしまう。


「ハア……せっかく、楽しく滑っていたんですけどね」


 クラエルは男達の拳をスルリと回避して、一人目の男の脛を蹴り、二人目の男の腹に肘鉄をして、三人目の男の顎に裏拳を叩き込む。

 かつて戦った魔物やギャングなどとは、比べ物にならないような弱敵だ。三人組の男達が次々と悲鳴を上げた。


「ギャアッ!」


「こ、この野郎……!」


「お、覚えていろよっ!」


 男達がいかにも小物臭い捨て台詞を残して、足を引きずるようにして逃げていく。

 典型的すぎて、いっそ嘘臭く思えるようなチンピラだ。まるでゲームに登場するモブ悪役のようである。


「クラエル先生、ありがとうございますっ!」


「ありがとうございます、バーン先生」


 ユリィがクラエルの腰に抱き着いてきた。

 その後ろで、メイリーも会釈をして礼を言ってくる。


「あの人達、とてもしつこくて……怖かったですっ!」


「ム……」


 キラキラと瞳を輝かせて、ユリィがクラエルを見上げてきた。

 目尻に涙まで浮かべており、とても庇護欲を誘われる。


(何も知らない人が見たら、きっと落ちちゃうんだろうけど……だが、男だ)


 いつもながら、生まれる性別を間違えたような人である。


(もしも性別が違っていたら、職場恋愛に発展していたかもしれないな……残念なような、安心したような……)


「ユリィ先生、近いです。人目がありますから離れましょうねー」


「あうっ」


 しみじみと感慨にふけるクラエルから、いつの間にかやってきていたレイナがユリィを剥がす。

 同時に、遅れてきていた二人の生徒が麓まで滑ってきて、再び全員で合流することができた。


 クラエル達はそうして日が暮れるまでスキーを楽しみ、冬休み旅行の二日目を終えたのであった。

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