第232話 レイナの溜息

「まったく……世の中には、波風を立たせたがる人がいるものですね」


 王都の街中を走る馬車の中、レイナはそっと溜息を吐く。


 王宮でエリックと会って事情の説明をしたレイナであったが……帰り道、不意の交通事故に出くわしてしまった。

 幸いにして、被害者である少女の怪我はそこまで重くはない。レイナであれば、すぐに治せるほどのものだった。

 治療は問題なく済んだ。しかし……それとは関係ないところで、精神的に疲れることが起こった。


「別に大事にする必要などなかったというのに……どうして、穏便に問題を片付けられないのでしょう?」


 呆れ返るレイナであったが……彼女が蔑みを抱いているのは、貴族の男性に対してだけではない。

 後から現れたサムライ風の異国人に対しても、呆れていた。

 義憤に駆られて現れたであろうサムライであったが、彼の登場は完全に迷惑なものである。


 そもそも……あのサムライは出てくる必要などなかったのだ。

 貴族の男性は馬車で子供を轢いてしまったものの、彼が百対ゼロで悪いかと聞かれると、そうとも思えない。

 周りにいた野次馬の会話に耳を立てたところ、急に馬車の前に飛び出してきたのは子供の方だった。

 もちろん、横柄な貴族は軽蔑する。もっと誠実な対応があったと思う。

 だから……レイナは後から大神殿を通じて、あの貴族に厳重注意をするつもりだった。

 慰謝料や治療費を支払ってもらい、反省が見えないようならば相応のペナルティを課そうと思っていた。


 だが……そこで余計なことを言い出す男がいた。

 印象の悪い言い方をすると、しゃしゃり出てきたのだ。


(そもそも、あの男性は何がしたかったのでしょう? 公衆の面前で、あの貴族の男性を叩きのめしたかったのでしょうか?)


 いくら貴族の男性に問題があったとしても……あのサムライは憲兵でも騎士でもない。

 誰かを罰する権限など持っていないし、そもそも、事故である以上はどちらに過失があったのかもっと調べるべきではないのか。

 印象だけで貴族の男性が悪であると決めつけ、一方的に断罪しようとしたのであれば……それはあまりにも身勝手な独善行為である。


(たまたま、貴族の男性が先に護衛をけしかけたので正当防衛という形になりましたが……もしも異国人の方が先に手を出していたら、普通に暴行ですよね。本当に、何をしたかったのでしょう……)


「まったく……エリック殿下といい、あの異国の方といい……私の周りにはまともな男性が少ないですね」


 レイナが馬車の外に聞こえないように、そっとつぶやいた。


 城で会ったエリックも色々と問題がある。

 人望があって能力もあるそうだが……女性関係には不安あり。

 キャロット・ローレルという婚約者がいながら、会うたびにレイナにアプローチをかけてくる。

 キャロットはレイナにとって、戸籍上の姉である。

 片手の指で数えられるほどしか顔を合わせてはいないものの、美人で礼儀正しくて悪い印象は受けなかった。


(あんな素敵な婚約者がいながら……本当に軽蔑しますよ……)


 やはり、まともな男性はクラエルだけのようだ。

 レイナは改めて、クラエルの良さを確認した思いである。


(クラエル様の良さが改めてわかったので、そういう点ではあの方々も役に立っているということでしょうか)


「聖女様、大神殿に着きました」


「ありがとうございます」


 馬車が止まった。

 レイナは外にいたテンプルナイトのエスコートを受けて、馬車から降りる。

 大神殿に帰ってきて、少し遅れたが聖女としての仕事を始めるレイナであったが……彼女の頭からは、すでに先ほど会った異国人の男性の顔も声も抜け落ちていた。


 一応は攻略キャラであるサムライはレイナの記憶に留まることすらなく、あっさりとフラグを折られて舞台から消えていったのである。

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