第231話 新たな攻略キャラ

 人混みから現れて、貴族の男性に詰め寄った青年。

 彼はレイナより少し年上で、長い黒髪を頭の後ろで結んでいた。

 腰には片刃でわずかに反りの入った剣を差している。

 そして……彼が身に着けているのはどこかの国の民族衣装。いわゆる、『着物』という物だった。

 異国情緒あふれるその姿は、まさしく『サムライ』と呼ばれる物と相違ない。


「何だ、貴様は?」


「それは義に反している。とてもじゃないが見逃せないな」


 怪訝そうな顔をしている貴族の男性に、黒髪のサムライが不快そうに言う。


「確かに何事もなかったが……それはそっちの嬢ちゃんが卓越した巫術の使い手だったからだろう? アンタが子供を傷つけたことには変わりない。何事もなかったみたいに立ち去るのは見逃せないな」


「その恰好……どこの国の蛮族か知らぬが、伯爵であるワシに盾突くでない。この無礼者めが!」


「生まれの貴賤と品性は関係ないようだな。勉強になる」


「生意気な猿めがッ……!」


 貴族の男性が怒りのままに叫び、背後に控えていた護衛を振り返る。


「お前達、やってしまえ!」


「ハッ!」


 護衛達が前に進み出てきて、サムライに向かって飛びかかる。


「「「オオオオオオオオオオオオオオオッ!」」」


「くだらない。つまらない人間に従うのはつまらない人間だけか」


 サムライが鼻で笑い、スウッと身体を低くする。

 護衛とサムライの身体が交錯して、次の瞬間、護衛達が倒れて気を失ってしまった。


「なっ……!」


「お前の護衛達はやられたぞ。まだ続けるのか?」


「クッ……異国の猿めが……!」


 貴族の男性が地団太を踏んで、罵倒の言葉を吐く。


「この私にこのような侮辱をして、生きてこの国を出られると思うなよ! 貴様など、すぐに牢屋にぶち込んでやるぞ!」


 顔を真っ赤にして叫ぶ貴族の男性。

 無茶苦茶なことを言っているように聞こえるものの……残念ながら、この国は中世ヨーロッパの封建社会。

 王族や貴族の権力は強く、彼らが黒といえばハトだって黒くなってしまうのが現状である。

 もしもこの貴族の男性が「一方的に暴力を受けた」などと訴え出れば、このサムライは捕まって牢屋にぶち込まれることだろう。


「貴様はもう終わりだ! 死ぬまで牢屋で臭い飯を食うがいい!」


「それはおかしいですね。道理に外れています」


 しかし……そこで二人のいさかいに割って入る声。

 額に青筋を浮かべた貴族が声の方を振り返ると……そこにいるのは、馬車の前で様子を見ていたレイナである。


「そちらに倒れている護衛の方々をけしかけたのは貴方ではありませんか。返り討ちにあったとしても、正当防衛だと思いますよ。それに故意ではない事故であったとしても、子供を傷つけたのですから相応の謝罪と賠償はあってしかるべき……異国の男性の主張は間違ってはいませんね」


「ウ、グ……せ、聖女様……!」


 貴族の男性が悔しそうに黙り込む。

 重ねて言うが……この世界は封建社会。権威主義の強い世界である。

 そして、貴族の男よりも大神殿の権力者である聖女の方が地位は上だった。

 聖女に代えは聞かない。レイナには王族ですら、一方的に命令をすることは許されないのだから。


「憲兵さん、そちらの方には法に基づいて然るべき処置を。事故のことはもちろん、護衛をけしかけた暴行についても詮議をしてください。もしも強引なことをされるようでしたら、私の名前を出していただいても構いませんので」


「わ、わかりました……!」


 居合わせた憲兵がコクコクと何度も頷いた。


「それでは……この問題はこれで解決ということで。あとはよろしくお願いいたします」


「グ……ヌウ……」


 貴族の男性がワナワナと拳を震わせ、顔を真っ赤にする。


 本来であれば……今回の一件はそこまで大きな問題にはならなかっただろう。

 貴族が事故で平民に怪我をさせたとしても、大きな罪に問われることはまずない。

 せいぜい、治療費などを負担して終わりになるだろう。


 だが……レイナが介入したことにより、状況は大きく変わる。

 この貴族の男性は平民に怪我をさせてしまったのではなく、問題を起こして聖女レイナの手を煩わせた人間として貴族社会に知れ渡ることだろう。

 聖女を不快にさせた人間として評判を落とし、信用を失い、賠償金や慰謝料以上のデメリットを被るはず。


「ウググググ……!」


「ハハハ、ざまあないことだな。閻魔大王は見ているということか」


「グウッ……この猿があ……!」


 悔しそうに唸っている貴族の男性をサムライが嘲笑う。

 激しい屈辱にサムライを睨みつけるが、レイナの手前、もう何も言えない。

 貴族の男性は憲兵によって連行されて、この場を去っていった。


「君のおかげで助かったようだ。礼を言おう」


 連れていかれる貴族の男性を見送って、サムライがレイナを振り返る。


「拙者の名前は十兵衛。東にある和の国より武者修行の旅で参った。義に厚く、菩薩のごとき凛然たる娘よ。君の名も聞かせては……」


「出してください」


「かしこまりました」


「もらえな…………あ?」


 レイナを乗せた馬車が出発する。

 パカラパカラと馬の蹄が地面を鳴らして、そのまま立ち去って行った。

 異国のサムライ……攻略キャラの一人である真田十兵衛は唖然とした顔で、遠ざかっていく馬車を見送るのであった。

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