第229話 初めての王宮
王宮にある応接間にて、二人の男女が向かい合って座っている。
テーブルを挟んで着座している二人から少し離れた壁際には侍女が立っており、口を開くことなく置物のように黙っていた。
「そういうわけですから、クラエル様のお手を煩わせないでくださいね?」
「…………」
目の前にいる比類なき美少女……レイナ・ローレルの言葉に、王太子であるエリック・セインクルが渋面になった。
その日、珍しく……否、初めてレイナが王宮を訪れた。
大神殿からの使いが先触れとしてやってきた際、エリックは思わず目を疑ったものである。
(これまで、レイナを何度誘っても王宮には来てくれなかった……私が招いても、父や母が招いた時でさえ丁寧に断っていたのに……)
レイナは聖女である。
国王や王妃でさえ、レイナには命令することはできない。
かつて、聖女を王命によって無理やり妃にした国王がいたが……その際には、天罰の雷に貫かれて王宮の半分が消えてなくなった。
(それなのに……まさか、こんな用件でね……)
エリックが溜息を吐く。
レイナが王宮を訪れた目的は、とあるレストランで起こった立てこもり事件について、説明するためだった。
エリックは王宮を狙っていた犯罪組織の摘発のために動いていた。
レストランを占領して立てこもったのも、その犯罪組織の残党である。
立てこもり事件そのものは謎の人物によって解決された。
レストランにいた客に事情を聞いたところ……事件を解決したのは謎のマッチョだとか、クマだとか、イヌだとかネコだとかハシビロコウだとか理解不明なことを証言していた。
あまりのカオスな状況に匙を投げかけたエリックであったが……予約者名簿の中に『クラエル・バーン』という名前を見つけて、驚きに目を見開いた。
その名前は知っているもの。エリックが通っている王立学園の教師の名前だたのだ。
クラエルは二名で予約をしていた。
そして……そのもう一人にエリックは心当たりがある。
今日にでも学園の職員寮に行って、クラエルに話を聞こうと思っていたのだが……その矢先、レイナが王宮にやってきて事情を説明してきた。
「つまり……レイナがあの犯罪者達を撃退してくれたのですね……」
「はい、その通りです。正確には私が召喚した天使がやったことです」
「ちなみに……その件について、一応はバーン先生にもお話を……」
「必要ありません」
エリックの言葉をレイナが断ち切った。
「クラエル様は本日は自宅でゆっくりと静養しているようなので、放っておいてあげてください。たまの休日ですからね。クラエル様もリフレッシュしていただかないと」
「…………」
どうして、レイナがクラエルの様子を知っているというのだろう。
疑問がよぎるエリックであったが……本日は学園も休日である。
ならば、クラエルも職員寮で休んでいるだろう。食事の時に話したのかもしれないし、気にするほどのことではないはず。
(そうだ……気にするほど大したことではない。うん、そう考えておくことにしよう……)
エリックは自分にそう言い聞かせて、余計なことに勘づきそうになった思考を止めた。
「わかった……ならば、そういうことにしておこう」
エリックは頭痛をこらえるように眉間を指で押さえながら、そんなふうに言葉を絞りだした。
「君の協力に感謝しよう……あまり大っぴらげに説明もできないのだけど、君が捕まえた男達は王宮に侵入して、よからぬことを働こうとしていた者達でね。残党を探していたから助かったよ」
「そうですか。お手間が省けたのは何よりです」
言いながら、レイナはわずかに不機嫌そうな顔になる。
「でも……王太子殿下が早めに解決してくれていたら、私もゆっくりとクラエル様とディナーを楽しめたんですけどね。クラエル様も殴られることはなかったし、デザートだって食べられたんですよ?」
「それはすまないことを……」
「まあ、殿下が悪いわけではないので責めはしませんけど。責めはしませんよ」
「…………」
責められている気がする。
いや、気のせいではなく責められていた。
エリックはもう一度頭を下げて、「すまない……」と謝罪の言葉を口にする。
王族たる者、やすやすと頭を下げることは許されないが……今は非公式の場。この場にはエリックとレイナ、壁際に侍女が一人立っているだけである。
レイナが立ち上がって、扉に向かっていく。話はこれで終わりということあろう。
「待ってくれ、レイナ!」
「何でしょうか?」
「よければ、この後ランチでも……」
「…………」
レイナはその言葉が聞こえなかったかのように扉を開いて、応接間から去っていく。
「あ……」
エリックは悲しそうな顔で手を伸ばし……何も掴つことができずに、空しく下ろしたのである。
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